石笑 辛一

5月(May)の迷想あらかると

Ⅰ.宮本常一を読み直そう。

知る人ぞ知る宮本は日本全国をつぶさに歩いて見て調べて記録に遺した稀有の民俗学徒。1907~1981、山口県周防大島生れ。カバンにカメラと万葉集風土記を必ず携帯し、生涯10万点の写真を撮った。
「宮本常一が撮った昭和の情景(上・下)」=毎日新聞社
「宮本常一と歩いた昭和の日本(全25巻)」=農文協
「別冊太陽・宮本常一」=平凡社

先日、江戸東京博物館で「都市と塔(タワー)」展を見、別の階で、幕末・明治・大正・昭和の暮らしの常設展も見たが、じつに丹念にコレクション、別世界へタイムスリップしたようだ。帰宅後、さっそく図書館へ寄り、上記の本と「モースの見た日本」(小学館)、「日本民家紀行」(新潮社トンボの本)、「信州の西洋館」(信濃毎日新聞社)を借りた。いずれもオールカラーで見応え十分、ため息が出る。ついでに画家・オカモトタローも文化人類学徒で、すぐれた写真家だった。「忘れられた日本・沖縄」「芸術風土記」(新潮社)。去年はタローと松本清張が生誕100年。

Ⅱ.ことしは檀一雄が100年。

ビートルズがデビュー50年。大指揮者ブルーノ・ワルターが没後50年になる。

ジョン・レノンが32年目で「ジョン・レノンはなぜ神道に惹かれたのか」(祥伝社新書)を読んだ。また、没後30年目の西脇順三郎(1894~1982、新潟小千谷生れ)の詩集を読み直した。はじめて読んだのが大学生の時だから、もう50年になるが、少しも古びてないのに驚く。(角川文庫・もう表紙はボロボロ)

Ⅲ.「哲学」という言葉は明治の西周(にしあまね)がつくった。

「宗教」「自然」も明治になってからで新語である。3.11以降、日本人はどう変わったか?あるいは、変わらないか?
ここ2、3年、日本人とは何か、忘れられた日本人、または、新・代表的日本人を論じた書がかなり出てきている。 山本七平、宮本常一、勢古浩爾、佐野眞一他。既成の思想や価値観・体制が崩壊・失墜する時、新しい思考のワク組が問われ、求められるが〝哲学〟の時代が来ていると思う。

人はナゼ自殺するのか? ナゼ、テロリストになるのか? 絆とか助け合い、家族は大事だが、ナゼ結婚せず、子を作らない人が増えているのか? でも男と女の世の中、恋は神代の昔からだが、近ごろの若者はマザコンでニート?政治家という人種も奇怪? オザワ君ご苦労さん、野田ドジョウ首相は仲々ぬらぬらと土性骨、やるう……。野球、サッカー、体操、水泳、フィギュアスケート大国? ニッポン、ゴーゴー。スポーツマンは結果がスグ出ていいネ。

「超訳ニーチェ」が100万部以上売れたとか。ボクも「座右のニーチェ-突破力がつく本」(光文社新書)を読んだ。また「哲学がわかる事典」(日本実業出版社)なる書を中古書店で見つけたが、著者は鷲田小彌太(1942~札幌生れ)で、210章あり(1章800ページ内)、現代のあらゆる問題に処方箋・指針・ヒント満載。あゝ〝哲学する〟ってこんなに楽しいものか、まさに「Philosophy(知を愛する)」の書。メエー、メエー、迷える子羊でもよか、幼な児の如くならずば天国に行けず、すれっからしの世のオトナたちよ、狭き門より入れ、喝!