堀井 彰

雪舟の絵がわからない?

絵がわかるわからないとはどういうことなのか? 素直に感じるものを受け取ればいいのだが、作者の制作意図、認識などを詮索しようとする。この思考は病ではないかとさえ思えてくる。

以前、日本画家・速水御舟の作品を美術館で目にしたことがある。常設展の一環であったが、偶然の機会だった。食べず嫌いで、日本画を見るという習慣はほとんどなかった。まったく日本画と区分けされる絵には関心がなく、中学、高校の教科書かなにかで印刷された日本画史上の有名作品を目にして作者や題名を知識として記憶している程度であった。速水御舟の名前も教科書的な知識であったにすぎない。二点の作品が展示されていた。一点は植物を中心とした風景画で、もう一点は茶器を描いていたのではなかったかと記憶している。一度きりの機会だったが、しかし時間の経過とともに、風景画の印象が尾を引いていた。

速水御舟の作品に魅入られるまで、日本画を見てみようという欲求は起こることはなかったが、これを機会にと、画集などで日本画の歴史を追ってみた。また、NHkで伊藤若冲、東洲斎写楽、葛飾北斎などの特集を放送していたので、奇縁だと思って番組を熱心に追っては見たが、気持ちにおさまらないものがあった。歴史的な知識としては十分に堪能できたが、問題は感応という体験が希薄だったことである。感応を官能と表示してもいいだろう。とにかく凄いと絶句したり、またはあまりの法悦に茫然自失したりという事件が心に起きなかったのである。

これまで10年代から40年代にかけての日本画家の油彩に興味を持っていて、見る機会も多く、凄いとうめくことも、茫然自失するという事件こそなかったが、好きな作品も数多く体感していた。日本人作家の油彩とは、濃淡の違いはあるにしても感応体験は持てた。しかしながら、たとえば雪舟や長谷川等伯、伊藤若冲、曾我蕭白などの歴史的名作とされている作品を目にしても、深い感情の交流は体験できない。取りつく島もないというのが、彼らの絵を見て受けた当惑した気持ちである。たとえば写楽の大首絵を見ると、大胆なデフォルメには目を見張ったが、そこで行き止まりである。以前なら、描く内的必然性が感じられないとでも嘯いて一顧だにしなかったかもしれないが、速水御舟体験以降、色彩や線描の繊細さに、少しは感情移入は出来た。しかしその先に思考が進まない。判ったがやってこないのだ。ましてや、雪舟、蕭白などの水墨画に至っては、観賞のとば口にもいたることが出来ない。雪舟の「秋冬山水図(冬景)」や「慧可断臂図」などの代表作のどこが凄いんだと突っ込みをいれたくなった。伊藤若冲の絵についても、同様である。NHKが番組の中で詳細に膨大な時間を費やして、若冲の絵を分析して、技法、色彩について解説をしていた。色彩、描法に膨大な時間を費やして、若冲が試行錯誤していたことは納得がいった。しかし作品の持つ凄さには少しも感応する体験が持てなかったのである。絢爛豪華、美しいだけではすまない、と思う気持ちが働いてしまう。

自分の鑑賞力の程度は棚に上げて、時代の感性に変化が生じているのではないかと、または絵を見る見方に地殻変動が起きてでもいるのかと、感応しないという出来事の解釈を考えてみた。

江戸時代、江戸庶民たちは写楽、歌麿、北斎などといった浮世絵とどう接していたのだろうか、またどのように楽しんでいたのか。ましてや雪舟や長谷川等伯、曾我蕭白といった作家たちの作品はいかに鑑賞されていたのか。困ったことに、まったく想像力が働かないのである。

袋小路に迷い込んで思考の自家中毒状態を感じたので、赤瀬川原平や山下祐二などの著書を先達にして、何か感応への手懸りを探してみたが、知識は増えたがなかなか感応体験への糸口は見つからない。

そのような時期に、20年代から40年代にかけての画家たちの自画像を多く目にする機会を持った。まえまえから画家たちが自画像をさかんに描く嗜好について関心を持っていたから、江戸期までの画家たちが自画像をいかに描いていたか、好奇心を駆使してみたら葛飾北斎が自画像を描いていることがわかったが、しかしそのこと自体珍しい出来事のようで、自画像への嗜好は希薄であったようだ。画家たちが自画像に強い嗜好を持つようになったのは明治以降の出来事のようであった。

自分の能力はさておいて、画家が自画像に執着するようになった事象と雪舟の「秋冬山水図(冬景)」や「慧可断臂図」などを楽しめない極私的事実とをつなげて何か考えようとしていること自体、一種の病であるようにも思えてくる。作者の制作意図は、思想性はなどと詮索すること自体が異常ではないのか、素直に感じ取ればいいではないかという声がきこえるが、感じ取れないから困っているのだ。写楽、北斎の浮世絵を手にして、いいねえ、と感嘆してそのまま折り畳み、懐にいれてしまう。「いいねえ」の一言を発したことで十分納得できる心境が羨ましい。江戸時代の人々は素直に浮世絵を見ていたという。それを役者の表情、所作のデフォルメがすばらしい、そしてそこのどのような意図が隠されているのかなどとさかしらに思考すること自体病的であると思うこともある。しかしながらそのような制作意図や思想性を詮索する嗜好は厳然と存在しており、否定したところで消滅するものではない。作家・石川英輔の著書の中に、木々が葉を落とした枯野原を観賞する風流を解する能力を江戸庶民は持っていたと記されていた。中秋の名月を愛でる感性は少しは持ちあわせていると思うが、立ち枯れた荒野の風景を愛でる感性は持ち合わせていない。その感受性の相違に、雪舟、長谷川等伯、伊藤若冲などの作品を目にしたときのもどかしさを共通して感じてしまうのだが、大袈裟すぎるだろうか。自画像を嗜好した明治以降の日本人作家たちの絵には親近感を抱けても、自画像に執着を持たなかった江戸期以前の絵に疎遠な気持ちを感じるのは、時代による感受性の断絶を表現しているのか、それとも見方の知識の有無による極私的能力の問題だろうか。納得のいくかたちで腑分け出来ない。