堀井 彰

「晴れた日」が欲しかった

中平卓馬の写真を見た。四半世紀ぶりのことだった。「Documentary」と銘うたれた作品展には、05年から10年にかけて撮影された作品が展示されていた。あわせて、71年にパリ青年ビエンナーレ「サーキュレーションー日付・場所・イベント」に出品されたモノクロームの作品14点も展示されていた。およそ四十年の時間をおいた作品の変遷を見ることができた。

156点のカラー作品を見た最初の驚きは、一見して、展示されている作品が、写真美学、撮影技術の未熟な写真愛好家がやみくもに撮影した稚拙な写真という印象だったことだ。写真美学、技術に作者の撮影意図を読み取ることが難しかった。

被写体の、たとえば陽だまりにまどろむ猫、陽光を浴びながら眠るホームレスとおぼしき男たち、農作業にいそしむ農婦、そして商店の看板、磯に渦巻く海水など、それらの被写体には選択意図は読めず、等価値のものとして撮影されている。そして、すべての被写体が偶然に選択されたかのようだ。この、偶然に選択したのではという感想は、70年代の、「アレ・ブレ・ボケ」を特徴とする作品にも濃厚に感じられたものである。しかし、「アレ・ブレ・ボケ」においてはあくまでも表現の戦略として志向されたものである。だから作品に撮影者の個性が強烈に露出する結果となった。しかし今回は、偶然性をいいながら異質の世界が露出していた。表現の戦略というより必然としての偶然性といっていいだろう。

併設された「サーキュレーションー日付・場所・イベント」に出品されたモノクロームの作品14点を見ながら、陥没を感じた。頭の上に蓋をされているような閉塞感、圧迫感を強く感じ、息苦しいほどだった。時代の空気がそうさせるのか、それとも中平卓馬の時代認識から由来するのか、判別できない。ただ、70年代にも曇天ばかりではなく陽光がさんさんと降り注ぐ「晴れた日」もあったと思う。しかし中平卓馬の作品は曇天の日ばかりだ。しかし作品には、中平卓馬の個性が十分に露出することとなった。

今回の、156点のカラー作品では、個性が露出することを中平卓馬は極力排除しているように思えた。そのため被写体から物語性を剥奪し、なんらの感情移入も、イデオロギー性、写真美学も駆除しているように思える。その結果、一見、素人が撮影したような写真という印象となった。そして、さまざま被写体を撮影はしているが、中平卓馬は晴れた日にさんさんと降り注ぐ陽光を撮影したかったのではないかとさえ想像させられるほど、開かれた世界だった。しかしそれでも、写真から物語性、イデオロギー性、写真美学を排除したとしても、中平卓馬の個性は志向性として作品に具現化されていた。たとえば、岩場や磯辺の波の照り、餌を求め口をあけて群がる鯉のぬめるような皮膜、吹き零れる噴水の水の様態など、ある存在感を持って迫ってくる。そしてそれらの写真を前に、名づけえぬままに、それでも人は佇むほかないようだ。中平卓馬の写真からは、新しい世界を垣間見られるという予兆が感じられるからだ。

「いかなる外部からの意味づけをもぬきに、写真が写真であることによって持ちうる力を私は見てきたのだから、もう書くのはやめよう」と、病に倒れる前に製作され、その後出版された篠山紀信との共著「決闘写真論」の中で述べていた。そして確実に、写真することで意思を具現化していると実感された。写真美学の定着に腐心する時代状況の中で、写真の自立を求める中平卓馬の姿は神々しい。