海野 清

コルシア・デイ・セルヴィ書店

「本日休館」第15号(2010秋号)

『狭き門』をひらく鍵が、精神性、ということばではないかと思いついたのは、数えきれないほどの時が経って
からだった。あるとき、私はミラノの大聖堂がしんそこからじぶんを納得させなかった理由について、考えていた。
(須賀敦子「ユルスナールの靴/一九二九年」より)

平成22年10月4日、東京都古書籍商業協同組合が主催した「日本の古本屋セミナー・古本屋開業1日講座」に行ってきました。このセミナーについての感想は、次の機会に述べさせてもらいます。

セミナーが終了してから、会場だった東京古書会館から歩いて数分のところにある、古い友人が経営していた「演劇書専門 ゴルドーニ (GOLDONI)」を訪ねた。

10年前に開業、劇場研究や演劇製作の仕事の片手間で、演劇啓蒙を目的に開いた専門書店だったが、4年前からは彼の書斎となっている。5千冊の演劇書に囲まれ、座り心地の良いイタリア製の肘付き椅子に腰掛けて話をしていると、時間の経つのを忘れてしまうほどの小空間だ。サロンとはこういうものかもしれない。

「この神保町で仕事場、書斎を持っているのは、作家の逢坂剛さん、フランス文学の鹿島茂さんなどが有名だが、フリーランスの編集者やデザイナーなど他にも大勢いるだろう。最都心で、どこに出掛けるにも便利だし。神保町は世界一の開架式の公共図書館のようなものだからね」とは本人の弁。

私が座った正面の書架に、最近一番興味を持って読んでいる須賀敦子の本が数冊あり、彼女の本の話になった時だった。
「ここはコルシア書店のつもりだよ」

それは思いもかけない言葉だった。須賀敦子が使う「精神性」という言葉がひとつの大きなテーマになっている私にとって。「エエッ」と驚いているのに構いもせず、
「うちは、隣に教会も劇場もないし、パトロンも仲間もいないけど、多額の持ち出しによる演劇啓蒙のための書店経営は、カソリック左派に通じる行動だったんだ。開業準備が遅れたから、須賀さんに見て戴けなかったことが残念で仕方がない」と続けて、珍しく、しんみりした口調になった。

須賀敦子がこの店に来たら、なんと言っただろう……。

彼と別れての帰り道、演劇界でもこわもてで鳴らすこの友人が構えた、その性格を裏切るほど可愛いサロンは、やはり本人が言う様に「コルシア・デイ・セルヴィ書店」なのかもしれない。いや、「コルシア・デイ・セルヴィ書店」であり続けてほしいと願った。


次回は12月末の更新予定です。ではそれまでごきげんよう。