堀井 彰

裸の目玉となること

高島野十郎の絵画を見た。
高島野十郎はまったく未知の画家であった。自分の見識のなさを恥じた。 炎をゆらめかせる一本の蝋燭を描いた作品の写真が新聞紙上に掲載され、作者名と略歴が簡単な記事で紹介されていた。新聞に転載された作品写真だが、それでもなぜか心に引っかかった。それで三鷹市民ギャラリーに出かけてみた。

四人の作家たちの作品が展示されていたが、そのなかで高島野十郎の作品は地味で慎ましい佇まいをみせ、その個性でかえって異彩を放っていた。火を灯された一本の蝋燭を描いた作品も、新聞紙上の写真で感じた印象を覆された。号数の大きな作品と想像していたが小品であったことに驚かされた。展示された作品の中で、林檎やけしの花を素材にした作品が印象的だった。たぶん美術史的には写実と括弧に括られるのだろうと思われる作品であった。小首を傾げて作家の創作意図などを忖度する徒労感も必要はない。素直に、直截に絵画は私の中に入ってきたからである。とくに二枚の、林檎を描いた静物画を、躊躇することなく、素直に受け入れた自分に驚かされた。これまでキャラの立った画家たち、たとえばシュールレアリストたちの作品を愛好していたからだ。また描くことは対象をデフォルメすることにあると理解していたからでもある。だから高島野十郎の描く写実的な静物画を、何の躊躇もなく受け入れてしまったことが私にとっては大事件であった。気がついたら自分という殻を壊されていたと表現してもいいだろう。いわば私の中で宗旨がえがおきたともいえる。その後、高島野十郎の作品を三十点見る機会をもった。作品のすべてが静物画であり、風景画であった。なぜか人物画は一点もなかった。

すべての作品は共通して静謐感を深く秘めていた。

極限まで自分の感情の波立ちを排除した禁欲的とも思えるほどに対象にそった絵だと感じた。

林檎や柿、葡萄といった果物や壷を並べた静物画や月を画材にした風景画に対面していると、気持ちが澄明に浄化されていくような体験をもった。絵画の前に立って飽きることなく向かいあっていたい気持ちに駆られる。作品が秘める静謐感が見る人の中に染み込み心の佇まいを正すことになるのかもしれない。凛とした絵の世界である。

高島野十郎の絵画は、絵画の前に立って、作家の意図などを忖度する機会はない。素直に、率直に気持ちが反応するのである。人の心を蕩けさす魅力を十分に持っているからだ。

果物を、風景を大きくデフォルメしているわけでもない。まさしく淡々と対象を、目に写るように描いているように思える。それでいて、たとえば、テーブルクロスに走る布の皺の曲線一つひとつに、また立ちのぼる煙草の煙にすら、透明な心地よさを体感できるのである。そして果物、壷などの形態の持つ曲線、そして林檎、壷などの表面の光沢にも手垢にまみれた表現だが、癒しを体験できるのである。

ものや色彩がしかるべき場所に、配置されていることで静謐な秩序が誕生しているといえる。いわば彼が発見した自然の文法に、摂理に則って処置されているからだと思う。そのためには、描く対象を対象とするのではなく、対象を受け入れる、対象と一体化する。自分という殻を剥ぎ取っていく作業が必要であった。

「生まれた時から散々に染め込まれた習慣を洗い落とせば落とす程写実は深くなる、写実の遂及とは何もかも洗い落として生まれる前の裸になる事、その事である」
残されたノートに生前、彼が書きとめた言葉である。

さまざまな思潮が流行り廃りするなか、一枚の絵画を体験するには、鑑賞者自身、視覚に纏わりついている知識の罠を自覚し、裸の目玉となって見ることが必要だと、高島野十郎の絵画と出会ったことで諭された気がする。

管理人より下記資料を紹介します。

髙島野十郎
1890年、福岡県久留米市の酒造業を営む素封家の家に生まれる。東京帝国大学農学部水産学科を首席で卒業。将来を嘱望されながら画家の道を選ぶ。「世の画壇と全く無縁になる事が小生の研究と精進です」と世の中の趨勢に見向きもせず、主に個展を作品発表の場とし一貫して写実を追究する。70歳を超えてからは千葉県柏市の田園に自ら設計した質素なアトリエを建て「晴耕雨描」ともいえる生活をおくる。電気も水道もガスもない環境を「ここは、おれのパラダイス」と、その暮らしを慈しんだ。生涯独身。1975年、千葉県野田市の老人ホームで死去。享年85歳。地元でもほとんど忘れ去られていた存在であったが、没後30年余、高島野十郎の生き様・画業に大きな注目が集まり、再見の動きが著しい(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
(紀伊國屋書店BookWebより)

「過激な隠遁 髙島野十郎評伝」
著者  川崎浹
出版社 求龍堂
発行  2008年8月23日
著者・川崎浹は60年代学生運動のバイブルとなった『テロリスト群像』を翻訳した日本を代表するロシア文学研究者。
24歳の著者が64歳の野十郎と運命的な出会いを果たし、年齢差を超越して思想、人生、芸術を熱く語りあった20年の歳月。
「この世にあらざる写実」を描き続ける無名の老画家が「隠遁」を貫くために闘う姿は、「自称アナキスト(当時)」の著者をも瞠目させた。
本書は、俗世で魂の修行に行きた野十郎の真実の肉声を伝えるものであり、その声は現代に生きる我々に大きな示唆を与えてくれる。
(紀伊國屋書店BookWebより)

「髙島野十郎画集 作品と遺稿」
出版社 求龍堂
発行  2008年3月23日
甘美な世捨て、この世にあらざる写実、謎深き画家の全貌。
思考の軌跡が綴られた遺稿『ノート』全文掲載。
(紀伊國屋書店BookWebより)

「野十郎の炎」
著者   多田茂治
出版社  葦書房
発行   2001年5月25日
人はなぜ描くのか? 学歴を捨て、世におもねらず、一生独身を通し、清貧無欲、廃屋でひたすら描き続けた、孤高の画家・高島野十郎の謎の生涯をたどる。
(「MARC」データベースより)