ディシー沢板

アフリカへ行こう

南アフリカへ行こう!目の前に2010年FIFAワールドカップ(W杯)南アフリカ大会観戦ツアーのパンフレットがある。6月の南半球に日本代表を応援に行くため、数社から集めたものだ。今まさに、内容・日程・価格等を吟味しながら、深い思案に入っている。

「アフリカへ行こう」にはもう一つ意味がある。少し前だが、懇意にしていた大学の先輩が他界した。私より2学年上の工学部、接点はあまりなかったが、ひょんなことから仲良くなった。彼は卒業後別の大学に行き、実家の寺を継いだ。酒が好きで、夜な夜な国分町(仙台)に出かけ、最後は決まっていきつけのジャズが聴けるバーでクダを巻いていた。直観的で、闘争的。そんな彼とアフリカへ行ってみようと話していたのだ。その果たしていない思い出のしがらみが、「アフリカへ行こう」のもう一つの意味である。

彼とは学生時代、他の仲間たちといっしょに大学祭の事務局をやったり、色々な本を読みながら議論したりした。議論した中で一番思い出てして残っているのがサルトルの「方法の問題」という本についてである。(決して本の内容を理解しているというわけではないが、当時はよく”疎外”とか”拘束”とかを議論していた気がする。)

「方法の問題」は難著「弁証法的理性批判」の序説として書かれたもので、”実存が本質に先行”し、その先行する実存(人間)こそ探求すべきである。つまり、意識ではなく、意識が外側の世界といかに接するかが重要であり、その仕方=方法がいかなるものなのかを書いている。(確か、実存主義はヒューマニズムであるはサルトルの言葉である。人が存在しない弁証法的思考から人を意識したそれを実践することを重視したものだ。)

なぜ、彼とアフリカへ行こうと話したか定かには思いだせない。約束をしたわけでもなければ、日程を決めたわけでもない。ただ、その言葉が彼のイメージとともに、今も記憶として私の中に存在している。今回アフリカへ行こうと思うのはサッカー日本代表を応援するためであって、彼との言葉を履行するためではない。ただ、その言葉のイメージが彼との思い出とアフリカを、そしてサルトルとサッカーを絡み合わせる。 人がいて、ボールが在る。敵がいて、ゴールが在る。敵のゴールへボールを入れること、自分のゴールに入れさせないこと。サッカーは単純である。実存がそこにある。

サッカーの元祖はブリテン島に侵入した侵略者の首を蹴って遊んだことから始まったとされる説もある。サッカーが原因で戦争になった事もある。元々、肉体的で、原始的で野蛮なものなのだ。南アフリカラグビーW杯を題材とした映画「インビクタス」の中にも「サッカーは野蛮人がやる紳士的なスポーツ、ラグビーは紳士のやる野蛮なスポーツ」というセリフがある。サッカーはまず、野蛮な形からのスタートがいい。

ここでサッカーをサルトルの言う”実存”と”本質”に分け、それらを幹としたイメージをマインドマップ風に描いてみる。

この実存に潜む野蛮人的な荒々しさが、日本代表にほしい。高度化する戦術、観客を惹きつける技術、ゲームとしてのサッカー、それらは必要な本質かもしれない。でも日本代表にはもっともっと荒々しく実存的であってほしい。もっともっと原始的で、もっともっと危険であってほしい。どんなことがあっても敵より1歩前でボールに触る、当たっても倒れない、体でヘッドする、がむしゃらに進んでいく。そして、最上の歓喜と途方もない落胆。共感はそこにある。

「アフリカ」という言葉が荒々しさを連想させる。アフリカそのもの(大地や文化や歴史)のイメージと先輩である彼のイメージが交差して、醸し出されるのだろうか。存在そのものの荒々しさに期待してしまう。そんなわけで日本代表のサッカーを見に、アフリカへ行きたいと思っている。
もしかして彼にも会えるかな。