堀井 彰

俳優の起源を体験した

背筋を悪寒が走り、身体中に鳥肌が立つ体験をした。久しく忘れていた出来事である。白石加代子の声音と出会ったのである。

むかし、ある演劇雑誌で、舞踏家・笠井叡の「サド公爵をめぐる神聖舞踏論」を読んでいたときにも同じ体験をしたことがあった。残念なことに、現在ではその文章がどのようなものだったのか、読み返しても忘却の彼方でしかないが、ある言葉を前にして、全身に悪寒が走り、それ以上考えたくないと頭の中で拒絶反応が生まれ、紙面に印刷されていた黒い活字を凝視しているばかりだったことが記憶にある。こんなことまで考えてもいいものだろうか、という怯えに似た感情があったと翻訳できる。どのくらいの時間、思考停止していたのか不明だが、全身、鳥肌が立ったのである。

羽田澄子監督、記録映画作品「バッコスの信女」を観た。1978年1月、東京神田にある岩波ホールで、岩波ホール・演劇シリーズ第三回公演として上演された、鈴木忠志演出、観世寿夫、白石加代子、蔦森皓祐などが出演の「バッコスの信女」を記録した映像作品である。作品は、羽田澄子監督自身の説明によると、上演前日の最終稽古を記録したものだという。作品の前半に、早稲田小劇場における俳優の身体養成術ともいえる鈴木メソッドの稽古内容の一部が紹介され、それなりに新鮮でもあった。

羽田澄子作品は、1978年に撮影されながらも2007年までなぜか一般公開されることがなかった。今回が二回目の一般公開であるという。とにかく白石加代子の舞台を、映像ではあるが体験できたことは僥倖といえた。

劈頭、白石加代子演じるところのペンテウスの台詞が発せられた瞬間、背筋を悪寒が、戦慄が走ったのである。これはなんだ、というのが素直な感想であった。だがそれも一瞬の出来事だった。照明の落ちた舞台の中で、白石加代子の台詞だけが、台詞というより彼女の声音だけが生々しく息づいていた。白石加代子の声音は、というよりなにものかが憑依した結果である彼女の声音は、大地から湧出してくる生命力そのものであった。そして彼女の台詞を受けとめる観世寿夫、蔦森皓祐の台詞、声音も、破格な声音を持つ白石加代子に拮抗する底力を持っていたと思う。男優二人の存在で、彼女の声音は木霊のように生命力を維持していたともいえる。彼らの台詞を聴きながら、身体中の細胞という細胞が洗濯され、新たに発芽させられ、命を吹きこまれたような生命の高揚感あふれる体感を味わった。たとえ映像作品といえ、今回の体験は、かつて早稲田小劇場の舞台を観劇した感想として、吉本隆明が、
「いくつかの瞬間的な場面では『憑かれたもの』の所作という俳優の起源にかれらの演技は、さっと接触していた」

と、述べているが、白石加代子の台詞回しの中には、また目玉の動き一つにも、俳優の起源を現出するものが確かにあったと思う。人はその瞬間に立ち会いたいために、白石加代子の舞台を体験しようとするのではないか。