洲之内徹

「帰りたい風景」

「…………  佐伯さんの抱えてきたカルトンの中身は、この春、彼女が郷里の吉浦へ帰っていたときの水墨の作品であった。私は、初め、その作品に溢れている優しさ、懐しさは、彼女が自分の生まれ育った土地に対して抱いている優しさと懐しさなのだと思った。彼女と、この風景とは血が繋がっている。気持が温かい。自分が朝夕見て育った風景だから、風景の姿だけではなく匂いも知っているのである。画材探しにちょっと旅行をして、絵になる風景を見つけて描いたというのでは、とてもこうは行かないだろう。

ところで、佐伯さんの郷里の広島県の吉浦は、私の郷里の松山とは、幅が狭い海を挟んで向いあっているのである。海の容も山の形も似通っている。だから、私にも、その水墨の風景は懐しく映るのだろうか。それもあるが、しかしそれだけではなく、そういう絵の優しさと懐しさに、いうなれば私は渇いているのだ。春、秋の公募展などに並ぶ現代の絵に、いちばん欠けているのがそれなのである。
…………

また風景の話になって、吉浦の風景だってただ懐しいばかりじゃない、何か、本物の風景は別にあるのだという気がしてならない、と佐伯さんは言うのだったが、それを聞いて、私は、佐伯さんの風景の懐しさは、その、眼の前にあるのとはちがう帰りたい風景への懐しさなんだなと思った。これが佐伯さんの風景なのである。

だとすると、佐伯さんが水墨でしか風景を描こうとしない理由もわかる。佐伯さんの水墨画が水墨の正統派的解釈にあてはまるかどうかは私は知らないが、物象の刑似を描くのではなく、その奥にある精神を描こうとするのが水墨の精神ではなかったか。 …………」