洲之内徹

「うずくまる」

「マドリッド」というその絵が私は気になってしようがない。ズッコケているようで、カチッとしているようで、こんどの展覧会の中で私のいちばん好きな絵でありながら、なんとなく正体が?めない。その絵は私が喜多村さんの家に行った日、部屋の隅に一枚だけ、他の絵と離れて立てかけてあった。これだけが十年ほど前の旧い作品だということだったが、それだけでなく、作者の喜多村さんにも、良いのか悪いのか判らず、これまでいちども、どこへも出したことがないのだと言う。その判断を私に任すという喜多村さんの気持らしいが、私にも何とも言えなかった。そして、それから二ヶ月経って、いままたその絵の前で、私は自問自答を繰り返しているのだった。

その晩は、画廊主の山口さんが取っておいてくれた、善光寺の斜め前のホテルに泊った。部屋は六階であった。私は早くからそこへ行って本を読んでいたが、そのうち、ふと雨の気配を聞いたような気がして、立って行って窓を開けてみると本当に降っていた。時計を見ると十一時半であった。

そして、そうやって、雨に濡れた長野の夜景を見ているうちに、私は突然、あの「マドリッド」が解った、と思ったのだ。
いつもなら見えているはずの志賀高原あたりの山々も、雨と闇の中ではただ黒々としているだけで、山とも雲とも見分けがつかない。長野駅がどの辺にあるのか、国道18号線がどの方角になるのか、どのビルが何のビルか一切判らず、ただ、広告のネオンや、街燈や、その街燈に反射する濡れた瓦屋根のかすかな光りや、どこかの旅館らしい建物の窓の、赤味を帯びた四角なあかりなどが、黒一色の市街の中に散らばり、輝いているばかりである。しかし、その、一切説明抜きの、説明のつけようのない風景の中に、本当の、じかの風景があった。これが風景というものなのだ、とその風景が私に語りかけていた。同じことを、夜と昼との違いはあるが、喜多村さんの「マドリッド」も私に語りつづけていたのだ。

そう気がついたとき、突然、私は非常に幸福であった。そして、幸福とは、こういう瞬間のことなのだ、ということにもそのとき気がついた。