高橋正也

『インディア・ソング』 1978年外国映画ベスト10

① インディア・ソング(マグリット・デュラス)
② 1789年
③ セリーヌとジュリーは船で行く(ジャック・リベット)
④ 快楽の漸進的横滑り(アラン・ロブ=グリエ)
⑤ エデンのその後(アラン・ロブ=グリエ)
⑥ 不滅の女(アラン・ロブ=グリエ)
⑦ ワンプラスワン(J・R・ゴダール)
⑧ 白夜(ルキノ・ヴィスコンティ)
⑨ 真夜中の刑事(アラン・コルノー)
⑩ 家族の肖像(ルキノ・ヴィスコンティ)

なんといっても「インディア・ソング」がずばぬけている。このような作品は、10年に1本出るか出ないかであろう。「インディア・ソング」全編を通じてこれを支配するものは、死の哲学である。

声(ことば)と映像は、クロノロジーにはとらわれない。「インディア・ソング」の調べは、クロノメーター的だから、時間感が音楽過程と釣り合っている。言い換えれば存在論的時間がむらなく音楽的持続の中で展開しきっているのだ。この音楽は、死への誘いなのだ。死者たち(死体のもつ不動性を付与されているとデュラスは言う)が画面をゆっくりと歩む。そして立ちどまる。外景をカメラが静かに移動してゆく。それは地上の廃墟であり、まるで遺跡のようだ。

この映画の中には、死への憧憬、死の美化、死の賛歌があるのではなかろうかと考えたとき、深い感動におそわれた。この作品を撮り終えたとき、デュラスは、次のように語っている。「『インディア・ソング』のあと、わたしは、もう死ぬのではないかとすら思いました。全く得体の知れない難病に罹ったようでした。暗黒のなかにまっさかさまに落ちこんだような気持でした」
『1789年』は、いうまでもなく有名なアリアータ・ムヌーシュキンを主導者にもつパリで最も独創的な前衛劇団、テアトル・デュフレイユ(太陽劇団)の戯曲「1789年」の映画的再現である。人間階級の真の斗争と、1789年時代のブルジョワジイが果した、歴史的役割の二重の側面をとらえた作品だ。普通の劇場は使われず、ヴァンセンヌのカルトウシュリーというだだっ広い建物が使われ、舞台はいくつか造られて、同時にあちらこちらで劇が進行するという型がとられ、観客も俳優も、まるでおでんのごった煮のように、ごちゃごちゃに交じり合って観劇する。

こちらの小舞台で俳優が観客(民衆)に、「バスティーユへ行こう! バスティーユへ」とくり返しくり返し、執拗に呼びかける場面だ。そのすさまじい迫力は、すごい。パリで上演されたとき、実際にバスティーユへ行った人がいたそうである。

『セリーヌとジュリーは船で行く』リベットの写真は、傑作「パリは我等のもの」で注目したが、ラストの船出のシーンは、まことに圧巻だ。
『ロブ=グリエの三作』は、いずれもきわめてすぐれた知的遊戯として、大いにたのしんだ。「シネマグラ」という雑誌と似ているね。『不滅の女』のラストで、フランソワーズ・ブリオンがニヤッと笑って、観客を愚弄するショットがあるが、面白いではないか。

『ワンプラスワン』ゴダールとローリング・ストーンズは、いたみ分け。新作の『パート2』をみて思うのだが、ゴダールは、攻撃的孤独、挑発的教育者の仮面の上に、もうひとつ別の仮面をかぶる時期に来ていると思うがどうか。(映画芸術 1979年2月号より)