洲之内徹

「眼と耳と」

「…………  書くという行為には、書いたものを見るという行為が含まれている。それともそれを見るということが前提であるかもしれない。そう気がついて、私は更に、素描における線というもののことを考えてみた。線とは何かということを美学的に定義することはなかなかむつかしいようである。私はあまりよく知らないが、古来、手を代え品を代え、いろいろの考察が試みられているはずだ。いずれにしても、ひとつの対象を見つめて、その存在を紙の上に実現しようとするところから線は生まれるのだ、と私は思うが、その線を引くということは、引いている線を絶えず見つめ、検討し、修正し、確かめるという、もうひとつの見るという行為も含んでいる。そのことを考え、そちらのほうから考えてみることも、線の性格づけに必要なのではあるまいか。 …………」