堀井 彰

立つことは吊上がり、吊下がることである - ウサイン・ボルト -

シューズの爪先が、前方へ地面を引きずられる映像を目にした。
ジャマイカの短距離アスリートで、100メートル、200メートルの世界記録保持者であるウサイン・ボルトのスタートダッシュのときの映像である。はじめて目にした驚異的な映像である。
映像は、日本の女子陸上短距離のホープの一人、高橋萌木子の特集をNHKのスポーツニュースが特集し、その中で提供された。ボルトのシューズの爪先が、トラックの上を摺るように引きずられて前に出る動きが、超高速カメラで撮影されていた。一般的に、人が走るときの脚の動きとは異次元の動きであった。

高橋萌木子は日本女子の短距離走者としては体格が大柄で、そのためにスタートダッシュの俊敏さが課題であるといわれていた。課題解決の参考にと、ボルトのスタートダシュを参考に研究しているとのことである。そこで二人のスタートダッシュの比較の参考資料として、ボルトのスタートダッシュの超高速撮影の映像が提供されたのである。

ただ問題は、ボルトのスタートダッシュを、身体所作として模倣しても問題解決に至らないことである。スタートダッシュのときに、なぜ、ボルトのシューズの爪先がトラックの表面を摺るように引きずられて前へ出るのか、その身体操法の構造についての認識をもたなければ、模倣は模倣で終わり、世界水準の走法体得は難しい。残念ながら、番組では、高橋萌木子がどのように理解しているかは紹介されなかった。彼女が、ボルトの走法と同じに、半身から半身への体重移動、正確には重心移動で走っていること、また半身を脱力させて走ることを体得できたなら、またその体得のための練習方法を発見できたら、世界レベルでの活躍は日常的になる。

ボルトのシューズの爪先は、半身の脱力、弛緩の結果引きずられていたのであり、けして引きずって臑を前へ出しているのではない。この引きずられると、引きずるとの差は身体操法においては雲泥の出来事である。

脚は脱力して吊下がった状態にあるから、シューズの爪先が引きずられて前にでるのである。引きずってでは所作となってしまう。
片足が脱力、弛緩して垂れ下がっているからこそ、体重、重心移動の結果として、脚が引きずられるという状態が現出するのである。
在野の体操家として希有な存在であった野口三千三は、人間が立っている状態は、吊下がり吊上がっていることであるといった主旨のことを述べていた。また、次ぎの動きにそなえ、身体の筋肉の半分が休んでいることが必要であるといった主旨の発言もしている。

今回の映像を含めて、これまで収集してきたウサイン・ボルトの走法の映像を見るかぎり、象徴的にそして自然に体得された身体操法として、体操家・野口三千三の身体操法理論が具現化されていることを発見する。

以前に、暗黒舞踏家・土方巽の動きについてふれたことがあったが、暗黒舞踏が、というより土方巽の舞踏が特異な存在であったのは、舞台における個性的な趣向に加えて、土方巽の動きが記号化された舞踊の所作を越境して、身体の中心と重心とが一致した、思わざる動きを体現していたからであった。いかに美しい身体動作の軌跡を描いても、身体の所作はしょせん所作の域を出ることはできない。舞踏を見ることによって感受される世界が、見ることを超越してまるごとの存在を揺り動かす力を持ったのは、土方の身体表現が重心感覚を介して宇宙とのシンクロを成就していたからである。

人の動きは重心感覚の体得を媒介として、宇宙エネルギーとのシンクロを持つことで、初めて驚異的な威力を表現できる。スポーツをはじめとしてダンス、書道、茶道、武芸といった芸能において身体表現に携る人間にとって、重心感覚を体得する作業がいかに表現の死命を決するかということに気づくことが必要である。そして、そのための具体的な作業として、重心感覚を体感するための身体操法の、練習方法の確立が求められている。

かつて、日本人は重心感覚に勝れた民族であった。生活環境が、たとえば正座という生活習慣に象徴されるような身体環境が優れた重心感覚を形成していたといえる。しかし生活環境が利便性を増すにつれ、自然成長的に重心感覚を体得する環境は希薄となってきている。日本人の身体構造には大きな変化が生じ、重心感覚は衰弱している。その結果が、スポーツからさまざまな芸能に至るまで、貧弱な身体表現が罷りとおっているといえる。

ウサイン・ボルトの走法に何を発見するか、そこに身体表現の鍵がある。