石笑 辛一

わらべ唄・民謡に耳を澄ませば……

① 川崎洋『日本の遊び歌』(1994.新潮社)
② 鳥越信『子どもの替え歌傑作集』(1998.平凡社)

「通りゃんせ」のわらべ唄は、いつ頃どこで生まれ、ナゼ〝行きはよいよい、帰りはこわい〟のだろうか? 答え=埼玉県川越。江戸時代、居場内に天神さまがあって、参拝のためなら庶民も入れるが、帰りは追いたてられるようだった(サムライがいばっている)という。
童謡・唱歌というもののルーツを知るのは楽しい。また昔から替え歌があり、今も絶えず生れてる。ぼくら大人たちは、子どもの唄・替え歌等は忘れてしまってるが、ふと口について出てくる時もある。此頃急に、ボクは図書館でも児童図書・絵本コーナーをのぞきに寄ることが多くなった。そして、じつにバラエティに富んだ豊かな世界があることを再発見する。大人こそ、もっと絵本に親しむべきである。

ノンフィクションライター・柳田邦男の『大人が絵本に涙する時』(2006年,平凡社)は格好の案内書で、もひとつ、赤子かん子の「絵本・子供の本 総解説』(2002年,自由国民社)もいい。表題①は、日本のマザーグース集というべき名著で、②も貴重な昭和の歌の記録であり、両著共、座右の書たるにふさわしい。

〝春の小川〟は世田谷区内で、〝たき火〟は中野区で生れた。〝赤いくつはいてた女の子〟は、実話がもとになって作られた。孤児になった女児は米国人牧師夫妻にひきとられ、文字通り異人さんに連れられたが、その後どうなったのか? 〝里の秋〟は、戦争中の母子家庭の唄だった。南洋あたりに出征した父を想って、いろり端でクリの実を煮ています。〝みかんの花咲く丘〟も、よく口ずさむうちに、かあさんがしのばれる。

一方、語感とリズムが面白くて忘れられない傑作、〝証々寺の狸ばやし〟〝おさるのかごや〟〝山寺の和尚さん〟〝どじょっこだの、ふなっこだの〟などがある。ところが、無邪気で童心に充ちていると思いきや、じつは、残酷でかなりきわどいのもある。子どもは元来、カエルを踏んづけたり、カマキリバッタの頭や足をむしり取ったり、そして、悪口・はやしコトバが好きで、下ネタ大好き。モーツアルトは、よくウンコの話を手紙に書き、「お尻をなめろ」なる曲を作った(先日、テレビではじめて聴いた。歌うは名門ワセダコーラス部)。

言わんとしたいことは、オトナ、オトナってエラソーな顔するな。オトナもかつては子どもだった。その前は赤ちゃんだったのを忘れてる。もひとつ、人類は400万年生きてきたが、わずかここ500年ぐらいで、人口が増大、月へ到達する位に科学技術が発達したが、どうだろう、どんどん地球資源を喰いつぶして相も変らず殺し合い。地球にとって人はガン細胞化してるのじゃなかろうか?

しかし、悲観ばかしもどうか。ボクは40、50の時より70の今の方が朗らかになっており、老いと病い、死ぬこともまた、ゆ の字と思えるように……。ヒトは孤独でナイ。わらべ唄・民謡に耳を澄ませば、あなたとボクも〝つながってる〟ことがワカル。

〝みーよ昼の海〟母なる大宇宙に感謝。