洲之内徹

「中野坂上のこおろぎ」

「…………
絵も、絵だけであってほしいと私は思う。その、私の言う絵だけの絵を一枚、見ていただくことにしよう。口絵の、山口薫の「かすみ草」がそれである。 だが、こう書いた以上、この絵がどう絵だけであるかを書かなければならないが、それがむつかしい。その、口で言えないことは、やはり絵を見てもらうほかはない。 …………

「かすみ草」は昭和22年、戦後2年目の作品である。その年、山口さんはまだ疎開先の高崎にいたのか、それとももう東京に戻っていたのか、その気になればすぐ確かめられることだが、それはどうでもいい。どっちみち、当時、山口さんの絵は売れはしなかったろう。売れない、売る気のない絵を、仕方なく奥さんが売りに行った。この絵もそういう一枚らしい。

だが、売れないということは、画家にとって、決して不幸とは言えない。絵が売れだすと、たとえどんな画家でも、お客の眼を意識しないでいることはむつかしい。画家の眼が、画家以外の者の眼で水を割ったような具合になる。他人の眼が絵の中に入ってくる。心ある画家にとって、他者の眼との戦いこそ真の戦いであろう。山口さんは終生、自分で絵を売りに行くということをしなかったらしいが、これも、他人の眼を意識しまいとする、潔癖な画家の本能のなせる業であったかもしれない。

「かすみ草」を見ていると、私はふしぎに、いま自分はひとりだという気がする。いい絵はみんなそうかもしれない。