海野 清

越後を愛した美術評論家 没後20年「洲之内徹と新潟」展

「本日休館」第4号(2007冬)

“越後を愛した美術評論家 没後20年「洲之内徹と新潟」展”
“ギャラリートーク「洲之内徹の新潟」 関川夏夫(作家)+大倉宏(美術評論家)”に行ってきました。

平成19年10月28日(日) 朝6時22分、静岡駅発の「こだま」にて東京へ、東京駅発7時48分の「Maxとき」に乗り換え、午前10時少し前に新潟駅に着きました。上越新幹線には初めて乗車しましたが、車窓の風景が新鮮でした。新潟駅前よりバスに乗り古町通りにて下車。しばらく古町通りを散策し、早めのお昼を食べ、会場に向かいましたが、「砂丘館」まで歩いてしまった。「砂丘館」まで行くバス停が分からなかったからですが、地図を見ながら、なんとか辿り着けました。「どっぺり坂」を見つけた時はホッとしました。

「砂丘館・案内パンフレット」によると、
「砂丘館」は新潟市の通称どっぺり坂の上の砂丘地に、昭和8年、日本銀行新潟支長役宅として建てられた大きなお屋敷です。平成11年より新潟市の所有となり、平成17年から新潟絵屋・新潟ビルサービス特定共同企業体による、芸術文化施設として管理・運営がスタートした。
となっています。

受付を済ませから、ギャラリー(蔵)にて出品作品をゆっくり見る事ができました。実物の絵を見ることができてドキドキした。また思っていた以上に出品作品が多かった。

一回りして、一番印象に残ったのは『屋台』(パステル・紙)という題名がついた佐藤清三郎の作品でした。”孤独感”を感じさせる。屋台の灯りがそのように思わせるのか。絵心も絵を学んだ事もありませんが、私にとって「盗んででも自分のものにしたくなる絵は」この中では『屋台』かな、と考えながら、もう一度この絵の前に戻りました。やはり孤独感があります。暗い通りに屋台が並んでいるように見えるが人影はない。手前の屋台の灯りが赤い、燃えているような赤で表現されている……その時、私にはそう見えました。

関川夏夫(作家)+大倉宏(美術評論家)のギャラリートークの中で「10月28日は洲之内徹の命日である」という事を知りました。20年前の今日、洲之内徹は亡くなったんだ。
「ギャラリートーク」の参加者は約60人ぐらいで、女性が多かった。
「晩熟の人・洲之内徹」「『気まぐれ美術館』に「柏木弘子」の名で登場する女性の影響が非常に大きい」など、楽しく刺激的な二人のトークはアッという間に終了。
「砂丘館」の佇まい、出品作品をもう一度見、あらためて新潟まで足を運ばせる「洲之内徹」とは一体何者?と思う。こんな感じが、まだしばらくは続くような気がしました。
「洲之内徹と新潟」という今回の展覧会用の小冊子を購入して帰路に。

静岡に戻ってから数日後、運よく「佐藤清三郎画集」を手に入れる事ができました。よく見ていくと『屋台』の、「燃えているような赤」は灯りの表現ではなく、屋台の暖簾として表現されているようです。実物の絵画と画集とでは、こんなにも感じ方が変わってくるものなのだ、という事にあらためて気がつきました。

次回の更新は平成20年3月末を予定しています。では、それまでごきげんよう。
静岡市駿河区大和1-6-8 海野 清

砂丘館までの写真です
眼鏡をかけているのが大倉宏氏、右が関川夏夫氏です
最後の写真は砂丘館の正面玄関です