洲之内徹

田島隆夫 1987(パンフレット「画廊から」より)

田島隆夫「自然薯図」の写真

田島隆夫の「自然薯図」


 今年の個展の絵を決めに田島さんの家へ行こうと思い、電話で都合を訊くと、
 「お目に掛けられるようなものがあるかどうか、今年は本当にだめなんですよ」
と、田島さんは、まるで畠の収穫のことみたいな返事をする。しかし、私はもう驚かない。心配もしない。毎年のことで、田島さんはいつもそう言うけれども、行ってみると、必ず前の年よりも更に絵はよくなっているのだ。今年も行ってみてそう思った。よくないと言う田島さんは本気でそう思っているし、よくなったと思う私も本気でそう思う。
 絵を見終わってから夕食をご馳走になった。じゃが薯がうまくて、私はお替りをした。こういう薯を、というよりもこういう料理を、この頃私は食べることがない。このじゃが薯は田島さんの家で穫れたじゃが薯で、それを、奥さんが台所で、十分の心づかいと時間を掛けて煮ているのだ。薯を食べながら私は感動した。
 田島さんの描く大根も田島さんの家で穫れた大根だ、などとつまらないことを言う気は私にはない。たしかにこんな大根は八百屋には売っていないし、八百屋の大根ではこんな絵は描けない。しかし、私が言いたいのはそんなことではない。といってもうまく言えないが、ものの本当ということ、本当のもののことを私は言いたいのだ。
 それがいまの私、私たちの周囲には欠けている。本物に対する慢性的な飢餓状態の中に私たちはいる。私たちは渇いている。栄養過剰の栄養失調だ。田島さんの家へ行き、田島さんに会い、田島さんの絵を見、田島さんの織物の仕事場を見せてもらうと、私はほっとする。生き返った気持になる。

本文掲載の展覧会パンフレット「画廊から」写真

本文掲載の展覧会パンフレット「画廊から」

[Editor`s Note]

「田島隆夫 1987」展は、1987年5月18日~5月30日、洲之内がオーナーの現代画廊(東京銀座)で催されている。
追って、6月8日~27日 マエダ画廊(名古屋市)、7月6日~15日 菊川画廊(宇部市)、7月25日~8月3日 ロートレック画廊(長野市)に巡回された。洲之内徹は1987年10月に急死しているので、その5か月前の展覧会だったことになる。

地機織の職人・田島隆夫は独自の彩墨画も多く描いた。田島を見出し、「織司」と名付けたのは白洲正子だが、 上に取り上げたこのときのパンフレット「画廊から」には、白洲正子も一文を寄せている。長くなるが以下に転載する。

--「田島さんの展覧会は、今度で六回になるという。その度に私は何やら書いて来たが、さすがに六回目ともなると、もう種切れといった感じがする。絵を見る前から、そのことが私の上に重くのしかかっていた。
 それに今度は暇がなかったので、田島さんの家へ作品を見に行くこともできなかった。洲之内さんが選んだものを後で拝見したのであるが、拝見したとたん私の抱いていた危惧は去った。
 厚ぼったいカルトンの中から、最初の絵が出て来た時、まぶしい、というのが私の印象であった。そこには菜の花が、しかも盛りをすぎた菜の花が、三、四本描いてあったにすぎないが、その黄色の色彩が眼を射たのである。独活も、鬼灯も、ざくろの実も、葱や大根に至るまで、鮮やかだった。
 少しも色が濁っていない上に、充実しており、油絵を見るような立体感がある。絵具を変えたのかと思い、電話で田島さんに訊いてみると、前と同じものだといわれ、私は不思議に思った。
 おもうにそれは色彩だけのことではなく、全体の形が厚みを増したことの証拠であろう。花は花器の中にしっかりと根をおろし、大根は籠の中にずしりとはまりこんでいる。この安定感は以前には見られなかったものだ。気がついてみると、筆さばきも一段と上手になっており、葱の根や冬菜の葉っぱの軽妙なタッチは、人の眼をとらえずにはおかない。特に大根が七つ八つ並んで、互いにお喋りをしながら踊っている絵には、思わず笑いを誘うようなユーモアがある。
 田島さんはいつものように、極く自然に無心に筆を走らせたに相違ないが、私にもしいうことがあるとすれば、この筆の遊びの巧さにある。もちろん巧くなればなる程いいにきまっているが、それは同時に危険なことでもある。田島さんのような性格では、技術に溺れる心配はないとはいうものの、今はそういう危うい瀬戸際に立っていることを自覚して頂きたい。だからどうすればいいということは、私にはいえない。田島さんが織物で自得したものを、絵画の上に表現すればいいのだが、いうは易く、行うは難し。
 ねがわくは命ながらえて、余技が作品に結実して行く課呈を見守りたいものである。」

田島隆夫は白洲正子との出会いについて、「織の啓示」(1994年1月「アサヒグラフ」)という文章を遺している。白洲正子が銀座にか構えていた「こうげい」という工芸品の店で、何気なく話されたという、『絵巻物の一つ一つの絵をつなぐ間に描かれたところ』について、「心の中では、ただの何んでもない布が織れたらと掴みどころのないだいそれたことを思っていた」田島隆夫にとって、自分の仕事の在り方にかさなる部分があるように思え、とても示唆にとんでいて啓示ともいえるものになった、と。

田島隆夫の没後20年の展覧会が神奈川県南足柄市の個人美術館で、来年(2017年)1月22日まで開催中。詳細はこちらから。また、以下も参照されたい。
「画廊から」-現代画廊 田島隆夫 彩墨画展-
田島隆夫の彩墨画
気になる人 織司・田島隆夫