藤波 保彦

スロベニア・クロアチアへの旅-その1-



5月4日~12日、スロベニア、クロアチアに旅行しました。
海外のどこに行こうが、最初に決めなければならないのは出発空港です。私の住まいは静岡市なので成田からの出発は考えません。羽田出発になります。

0:50羽田発ANAフランクフルト便がいい

私の海外旅行は主にヨーロッパですが、ここ数年利用が多いのはANNの羽田―フランクフルト便です。この便は夜中の0:50出発-同日の朝6時頃フランクフルト着なので、乗り換えても昼頃にはたいがいのヨーロッパの主要都市に降り立つことができます。平日仕事が終わってからでも21時台の新幹線に乗れば間に合います。
帰りもフランクフルト―羽田便ですと、フランクフルトを0時頃出発で羽田着が朝の6時30分頃なので、早ければ9時頃には静岡に帰ってくることができます。

今回の旅行もこの便で行きました。フランクフルトからの乗り換えは3時間位で、スロベニアの首都リュブリャナの空港(ヨジェ・プチニク国際空港)には10時30分頃着きました。

スロベニアの首都リュブリャナへ

スロベニアは1991年まで旧ユーゴスラビア社会主義共和国に含まれる旧共産圏にあった。旧共産圏は、私の知る限り空港から市街までのアクセスがあまり良くありません。
私が海外旅行に持ち歩くガイドブックは、いつも「地球の歩き方」のみですが、そのそのクロアチア/スロヴェニア版によれば、空港から市街へのバスは28番乗り場で1時間に1本、所要時間は1時間(23km)となっています。

タクシーで行けば簡単なのですが、私は海外旅行では公共交通機関を利用することを基本としています。しかし、さほど大きくない空港でも外に出ればバス停は幾つかあり、これといった案内や標識もあるわけでもなく、たくさんの人がいるわけでもないのでので、どこが28番乗り場かすぐにはわかりません。この日は、たまたま作業(空港関係かは不明)している人たちがいたので尋ねると、仕事中にも拘らず懇切に教えてくれ、それで、市街まで行くバス停が判りました。
別に難しい場所に有ったわけではありませんが、こういうところで間違ってしまうと時間をムダにしてしまいます。10分ほど待つとバスが来て、乗り込みました。

市街リュブリャナ中央駅に着き、歩いてホテルに。まだチェックイン前の受付時間でしたが、部屋に入れてくれました。駅の近くにホテルを予約したのは、鉄道での移動を考えていたからで、これも私の海外旅行の基本です。
チェックイン後、シャワーを浴び街に繰り出しました。スロベニアはヨーロッパの南の位置ですので、この時期の気候は静岡と大差ありません。

スロベニアの首都リュブリャナの美しい街並み風景写真

スロベニアの首都リュブリャナの美しい街並み

美しいリュブリャナの街を歩く

リュブリャナの市街は他のヨーロッパの都市と同様、中世の歴史的建築が残る、たいへん美しい街です。ふと、ユーゴスラビア時代にはどんな都市で、この街で人々はどんな暮らしをしていたのだろうと想像してしまったのは、旧共産圏への私の偏見からかも知れません。

市内の名所・旧跡を歩きまわっているうち夕食の時間になったので、川沿いのオープンの店に適当に入りました。しかし、軽食しかないのでコーヒーだけ頼み、ガイドブックで近くにレストランがないか探しました。メイン通りから少し入ったところにある、中庭で食事ができるレストランに決めました。

一般に旧東側の国は植民地をもたなかったこともあり、他の民族の人間はあまり見かけません。東洋人も当然少ないのですが、目当てのレストランに入ると、入口近くの窓側に若い日本人の女性二人連れが目に入りました。ちょうど食事をはじめたところのようです。
二人も私が持っているガイドブックを見て日本人だとわかったのでしょう、一緒に食事しませんかと誘ってくれました。私も旅行の初日でしたので一緒に食事をして、旅の情報交換などしたかったのですが、この時期は室内より湿気が少ない外で食事をしたいという思いが強く、「このレストランに来たのは中庭で食事を取りたいからなのです」と伝え、彼女たちに「中庭に移動しませんかと」と誘いました。でも、彼女たちはすでに食事を始めたところでしたので、残念ながら移動は無理でした。

リュブリャナ市街の川沿いのカフェ出休む人々の写真

リュブリャナ市街の川沿いのカフェ

内陸の街で蛸を食す

レストランに入る時に「絵のメニューがあるか」と尋ねたところ「ある」との答えでしたが、実際はありませんでした。仕方なく、ガイドブックに丁度このレストランの食べ物が写真に載っていたのでそれをオーダーしました。
写真ではソーセージのようなものだと思っていたのですが、何と出てきたのは茹でたタコでした。リュブリャナは内陸の街です。まさかタコが出てくるとは思いませんでした。もう一度カイドブックの写真をよく見ると、確かに吸盤のようにものがあります。

食事をしていると、先ほどの日本人女性が中庭を見に来て、私のところにも別れの挨拶にも来てくれました。私が内陸の地でタコを食べていたのを、彼女たちはどう思ったのでしょうか。
明日、私はブレッド湖(「アルプスの瞳」と呼ばれています)に行くと話したところ、彼女たちは2日前までそこにいて、雪が降っていたと教えてくれました。

夕飯の蛸の料理の一皿写真

夕飯に食べた蛸料理の一品

救急車を呼ぶ

夜の7時頃ホテルに戻り、初日の疲れもあったので明日の準備をして20時頃には床につきました。すると、急にお腹が痛くなりました。時間がたてば良くなると思っていましたが、痛みは増すばかり。とうとう我慢ができなくなり、10時頃救急車を呼びました。
15分後くらいか、救急車が到着し救急隊員が担架を持ってきてくれたので、担架に乗せてくれと頼んでのですが、何故か歩かされて救急車に乗りました。救急車の中でもベッドに寝るのと椅子に座って行くのとどちらがいいと聞かれたので、「ベッド」と答えましたが、これまた何故か椅子に座ってと言われました。

病院へ向かう救急車の中で、救急隊員が東京はリュブリャナよりどれくらい大きいかとか、日本人を救急車に乗せるのは初めてだとか(私も乗るのは初めてだ!)、あれこれ聞いてきます。それどころではない私は「申し訳ないが腹が痛いので、少し静かにしてくれ」と返しました。本当は、私もリュブリャナの情報が欲しかったのですが・・・。

病院に着き、医者の問診です。ここからはスマートフォンの翻訳アプリでのやり取りとなります。
真っ先に聞かれたのは、薬のアレルギーはあるか?、で「ない」と答えました。私は夕飯にタコを食べたのでそれが悪いのではないか?、と言いましたが、茹でてあって生ではないのでそれは考えにくいとの答え。

そのうち女医が来て、二人で私の症状について話し合っています。その間、私は何度も「ヘルプ ミー」と叫んでいました。
女医さんから「お腹のどの辺りが痛いか?」と訊かれたので、背中の方を私は指しました。するとドクターは「結石では?」と。確か15年位前に一度経験があり、それと同じ痛さだと答えると、早速、若い女性のナースが来て点滴に入りました。

運ばれた救急車の写真

この救急車で運ばれた

病院の支払い150万円?、エーッ!

点滴の時間は?、と聞くと10分位だとの答え。15年前は1時間くらいsでしたが、それだけ医学が進歩したのか、それともお国柄か・・・。
それよりも、点滴中考えていたのは海外保険のことです。以前はクレジットカード(2枚)の優待で2枚とも海外保険がついていたので、保険は入りませんでしたが、年齢が高くなるにつれてクレジットカードの優待だけだは不安になり、5千円前後の保険に加入するようにしました。今回は初めての国であることと、情報が他のヨーロッパと比べて少ないこともあり、出発前に1万円の保険に加入してきました。ですから金銭的な心配はないはずなのですが・・・。

10分が過ぎると、今度は救急隊員が来て点滴を外しました。もう夜中で、疲れもあったのでベッドでそのまま寝てしまっていました。起こされると、痛みはだいぶ無くなっていました。救急隊員に廊下で待つように言われたので診療室を出ると、廊下には沢山ではありませんが患者さんが運ばれてきます。夜中そこに東洋人が一人ぽつんといるのが珍しいのか、私の方を見ながら通り過ぎて行きます。

しばらくして救急隊員によばれました。今度は支払いです。120ユーロ。処方箋の用紙を貰い病院の外に。この時、まだ気が動転していたのか、円換算を勘違いして150万円掛かったと思いました。120ユーロは当時のレートで15,000円位なのですが、間違いに気付いたのは帰りの飛行機の中。それまでずっと150万円、と思い込んでいたのです。

メディカルで2種類の薬を貰いました。支払いは確か20ユーロくらいだったと思います。それからタクシーに乗り、朝の4時過ぎホテルに戻りました。ホテルの外にレシプションの女性でしょうか、タバコを吸っていましたが、私の顔を見るなり「救急車で運ばれた日本人ね」と言われてしまいました。

ギョッ! 点滴針が刺さったままで

旅行では就寝時、ベッドの近くに貴重品をまとめた小さなバッグを置いておきます。何故ならば火災とか何事か不測の事態の際に、そのバックを持ち出せば何とかなると思うからです。
バッグの中に入れるのは、パスポート、財布(クレジットカード)、携帯電話、宿泊先のホテルカード、海外保険証書、航空チケットなど。それとガイドブックも、大使館・領事館などの連絡先が載っているため加えます。今回も病院に運ばれる時にはこれを持参したので、何も慌てることはありせんでした。

この日、午前7時28分の電車でブレッド湖に向かう予定でした。すでに出発まで3時間を切っています。病院にいたので、シャワーを浴びようかと服を脱ぎバスルームへ入りました。するとビックリ! 何と、点滴の針が左腕に刺さったままです。
自分で針を抜くのも怖かったですが、恐る恐る抜き取り、針穴跡をバンドエイドで留め、針はゴミ箱に捨てました。その後、ベッドで仮眠しましたが、シーツを少し血で汚してしまいました。シーツの血とゴミ箱の針をみて、掃除をする人は何を想像するだろうと思いながら、リュブリャナ中央駅へ向かいました。(続く)