ディシー沢板

「祭りの日常化」-黒沢清と<岸辺の旅>



 「新幹線通勤」という言葉はどんな響きがするのだろう。ある事情により東京に住むことをせず、地方から東京へ通勤する。しかも、そのことを所属組織が容認し経費を負担してくれる。毎日の長時間通勤と引換えに週末の有意義な地方生活を満喫?、都会の汗だく押しくらの満員・立ち尽くし通勤ではなく、シートを倒して読書&睡眠のゆったり通勤?

 4月から静岡-東京間を、新幹線で毎日通勤することになった。既に4ヶ月が経つ。
 新幹線とは旅行や出張で利用する”非日常”的な存在であったが、毎朝眠い目をこすりながら、いつもの時間の、いつもの席で、その日をスタートさせるのが日常となっている。新幹線の車窓から見える富士山、沿線の街の風景、新幹線の揺れるタイミング・・・。ひとつ一つが毎日のものであり、汗だく押しくら通勤のそれとは、異質ではあるが変わらぬ”日常”となっている。

 大学時代、大学祭の事務局をやっていた。2年間程やっていたが、テーマは一貫して「祭りの日常化」であった。今思えば、何とも青い、机上の小理屈”を振りかざしたテーマであるが、当時はかっこいい言葉だと思っていた。

 <祭り>とは抑圧された日常を一時でも忘れ、解き放たれた刹那な思いの上に成り立つもの。豊作や大漁の祭りでも、天然の恵みへの感謝と同時に日々の生活の苦しみ・呪縛を忘れんがための別世界=非日常への逃避として成り立つのだ、と。だからこそ<祭り>を日常のものとし、日々の抑圧された生活から解き放たねばならない。「祭りの日常化」を大学祭が起点となって始めるのだ。こんなことを夜遅くまで真剣に議論していた”青い”時代が、懐かしくも、ほろ苦くもある。

 その大学祭事務局の仲間に自主制作映画を撮っていたTがいた。Tの計算されたカメラワークは一部の評論家にも高い評価を得ており、自主制作映画仲間のネットワークも持っていた。

映画監督黒沢清の写真

映画監督黒沢清 © Change Our World

 一度、Tの伝手で学生の自主制作映画上映会を開いた。6~7本位の映画が集まり、ライブ喫茶を貸し切り、開催した。その中にはのちに『アイコ、16歳』を撮る今関あきよしや『トウキョウソナタ』『彼岸の旅』の黒沢清がいた。皆学生で、その日の帰りの電車が無くなったため、私の下宿に黒沢清が泊まっていった(といっても、朝まで何人かで映画の話をしていたのだが)。当時立教大生だった彼は「蓮實重彦に教わりたくて立教に入った」と言っていた。

 映画は一般的にその存在自体が非日常的であるが、黒沢にとっては日常であり、生活である。自分の好きなものを日常に置くことができる彼を羨ましくも思う。
 だからと言う訳ではないが、失礼ながら黒沢清監督の商業作品は、一度も見ていなかった。湯本香樹実の小説『岸辺の旅」』を読んで、彼が映画化したことを知り、DVDを借りてきて観た。本当に失礼なのだが、カンヌ映画祭のある視点部門監督賞を受賞した作品であることさえも知らなかった。

 黒沢の『岸辺の旅』は、40年前に見た彼の自主映画のどっしりとした安定感や光と影のバランスの良さ、頼りがいのあるカメラワークを思い起こさせた。

 失踪し既に死んでいる夫と3年間彼を待ち続けた妻の物語である。ふたりは旅に出る。妻にとっては夫の死ぬまでの生きた過程を辿る旅であり、死んだ夫にとっては妻との真の別離への旅なのだ。旅の中で様々な人に出会い、ふたりは愛の強さを確認するが・・・。

 生きている者同士の思い、死んだ者同士の思いは、同じ地平の中で割り切れるのだろうが、生者と死者の互いの未練は揺れ動き、擦れ違う。死そのものも非日常であるが、死に寄り添う生もまた非日常である。生の中にある非日常は、時として死よりも息苦しく、切なく悲しい。想い続けることが非日常と繋がる道なら、それを断ち切り、前に進んだ方が甲斐があり、明るくもある。だがそれが出来ないでいる。今の生活が辛く味気なくとも、過去の生活が素晴らしかろうとも。

 人には忘れられない事がある。心の中にしっかりと刻んだ忘れられない人がいる。そんな気持ちと対峙して、人は忘れてしまうことにより立ち直り、未練を捨てることにより次へ踏み出せる。忘れることが出来ない人にとって未練は日常であり、前に進むことが非日常となる。忘れ去った人にとっては前に進むことが日常であり、未練は非常識となる。

 私にとって黒沢清が非日常である。それは私自身が映画から遠ざかっているせいであり、新幹線が日常なのは、それが毎日の生活そのものだからだ。
 今現在が楽しくて仕方ないわけではない。だが「昔、あの黒沢清が俺の下宿に泊まったことがあるんだぜぇ」などと自慢したりはしない。日常を日常の中で受け入れていかなければ、逃避としての非日常への思いに留まってしまう。辛いけど、忘れ去ること、背負い込まず振り捨てることが「祭りの日常化」なのかもしれない。