堀井 彰

好きこそものの上手なれ ―重心感覚が命である―

最近はあまり耳にする機会がないが、かつて、「驚異的な身体能力」という言葉が盛んに叫ばれていたことがあった。とくにサッカーの国際試合において、アフリカ系選手たちのパフォーマンスに対して使われていた。簡単にドリブルで突破されたり、また切り返しで振りきられたりする日本人選手たちと比較するとき、彼らのパフォーマンスに対して、「驚異的身体能力」という言葉が冠せられたのだった。その一方で、その言葉を口にするサッカー関係者、メディア関係者たちの思考停止をもみごとに象徴していた。アフリカ系サッカー選手たちのパフォーマンスに対して「驚異的身体能力」と表現することが出発点ではなく終着点となっていたからだ。本来ならそこから思考が始まる地点が、思考が停止する地点となっていた。なぜ、アフリカ系の選手たちは、「驚異的身体能力」と表現されるようなパフォーマンスを体現できるのか、驚くばかりではなく、その能力構造を解説してほしかったのである。彼らにあって、日本人選手にない身体能力は何か、具体的に解説して欲しかった。いまだサッカー界から、納得のいく解説を聞く機会は寡聞にしてない。また現役選手たちの練習においても、アフリカ系選手たちにあって日本人選手たちに欠如している身体能力についての自覚が希薄である。と同時にその欠如していると思われる能力の質を向上させる練習方法を編集しようとする問題意識も希薄と思わざるをえない。それは、ある国際試合で、試合前に選手たちが体をほぐしている場面がテレビに映っていた時だった。驚いたのは日本選手たちの体の固さだった。とくに股関節のストレッチ場面では、これがサッカー選手の股関節か、と落胆させられるような可動域の狭さ、柔軟性の欠如した選手たちが目立った。スポーツ一般において股関節の柔軟性は基本的な身体能力の一つであるが、ことに下半身での身体操法が特殊性としてあるサッカーにおいて股関節の柔軟性欠如は致命的であると思う。しかしたまに見る試合においても、選手たちの走法を見るかぎり、基本的な走法を体現している選手の姿は稀である。

比叡山で千日回峰行に入った僧侶のことが報じられた。険阻な比叡山の山道を、真言を唱えながら駆け抜けること千日。一日に、数十キロの険阻な山道を走破する身体能力の秘密は何処にあるのか。この苛酷ともいえる行を支える能力はなんだろうか? 驚異的な身体能力と呼ばずして、なんだろうか。

アフリカ系サッカー選手たちのパフォーマンスを「驚異的身体能力」と絶賛、驚嘆してみせる前に、千日回峰行に挑む僧侶たちの身体能力に思いをはせてもいいのではないか。

以前、空手家の知人が、一人稽古で伊豆の山中に篭っていたときのこと、突然に、それまでに一度も体験したことのない質の快感を味わったと言う。その日の稽古も終盤、立って呼吸を行なっていたときに、臍下丹田のあたりに得も言われぬ快感の塊が誕生した。そしてその塊が破裂して、体中に快の響きが波紋のように拡散していった。気持ちよさにその場に立っていられなくなったが、さりとて膝まずくこともできなかったという。彼はそれまでに何年となく、呼吸法の稽古を重ねてきたが、しかし丹田に快の塊が誕生、そして破裂した体験ははじめてであったと言う。

その体験を境に、彼は呼吸をすることが気持ちよくて、死ぬまでこのまま呼吸をしていたいと感じるような稽古体験をしばしば味わっているという。と同時に、彼の空手稽古が次元の違うものとなってきたという。その具体的な例として彼が語ったことは、組み手などで、相手の突いてくる動きがゆっくりした動きに写ることをたびたび体験するようになったという。相手の攻撃を捌くときに、自ずと体が動いて、結果として相手の攻撃を捌いているということだ。

この知人が体験している不思議な出来事と通底するような体験談が、松井浩著「打撃の真髄―榎本喜八伝」の中に記されていた。体験の質を比較考量するつもりはない。共通項を見つけたいのである。榎本喜八は日本の野球界で異色の存在である。彼の体現していた打撃能力は、イチローと比較対照されても遜色のないものだ。というより、あらためて打撃術は検討評価されるべきだと思う。

「それまでは、いくら自然体をつくり、そこへ魂を吹き込んでバッターボックスに立っても、結局『バッティングでいちばん大切なのはタイミングだ』という思いを捨てきれなかったんですだからヒットを打ったり打ち損じたりするたびに、タイミングが合った、狂ったと一喜一憂してた。しかし、臍下丹田に自分のバッティングフォームが映るようになると、ピッチャーとのタイミングがなくなってしまった。ピッチャーの投げたボールが、指先から離れた瞬間からはっきりわかる。こっちは余裕を持ってボールを待ち、余裕を持ってジャストミートすることが出来た。だからタイミングなんてなくなっちゃった。最初からないから、タイミングが狂わなくなっちゃったですね。」

この榎本喜八が体験した不思議な出来事に類似した出来事がいくつか野球界に伝承されている。たとえば、投手の投げたボールが停止したように映った、ボールの縫目が見えたといった体験談が残されている。しかしそれらの不思議体験は一過性のもので、継続して体験されてはいない。また体験者たちが、なぜそのような不思議体験が誕生したのか、過程的構造に言及していないことだ。しかしある時期の榎本喜八においては、日常的な出来事であった。また著書を読むかぎり、体験した不思議な出来事が、あたかも当然であるがごとく、その体験に至る過程的構造が言及されている。

松井浩著「打撃の真髄―榎本喜八伝」の中に紹介されている榎本喜八の体験と、空手稽古の中で知人が体験した不思議な出来事との間には、いくつかの共通項を感じる。
一つは、榎本喜八が優れた身体軸の持主であったことである。また知人の空手家が、空手の技稽古など空手本来の稽古の外に、身体軸を培うための稽古を一人稽古として長い期間継続していたことだ。二つに、榎本喜八が合気道の師範について、呼吸法の稽古を続けていたことである。松井浩の著書には、臍下丹田という言葉が頻出している。また知人の空手家は呼吸法の稽古を意識的に重ねていた。体験談として、あるとき、呼吸法の稽古の中で、息が鳩尾を落ちるときの、異常ともいえる出来事を語っている。自室で立った姿勢で呼吸の稽古を行なっていたときに、突然に、鳩尾から塊が下腹へ落ちる感覚があった。何かが爆発したような、重量のある物が墜落したような地響きが起き、同時に視界が漆黒の闇となったという。床が抜けたのではないかと思ったという。後日、自室で呼吸の稽古を行なっていたときに体験した不思議が、息が鳩尾で痞えずに、まっすぐに丹田へ落ちた証左であることを、針灸師である福島聡の著書で知ったという。また、その不思議体験が、知人にとって、丹田での呼吸体得への端緒だったというのである。

しかしながら、天才打者の誉れを欲しいままにした榎本喜八は、野球界では異端者であった。彼の体得した打撃術を理解、共鳴する野球人はほとんどいなかったからだ。臍下丹田へ気持ちを収め、といった表現が何か神懸りの如く受け取られる結果となっていたことが、松井浩の著書には点在している。

私の知人も、空手流派の中では変人扱いをされていた時期があった。というのも、彼が空手の基本技の稽古や組み手といった稽古と同じくらいの時間を体軸体得や呼吸法の稽古に割いていたからである。

先日、ブラジルのサッカー選手、ロナウジーニョを特集した番組のビデオを見た。その中で彼が少年たちに、彼が得意技としている「エラシコ」という足技を説明するときに、重心移動に言及していた。彼が重心という言葉を使っていることが印象的だった。そして重心の感じは個人個人違い、教えることが出来ないといっていた。重心移動という視点から彼のプレーを見ると、彼の動きが腰から始動していること、また股関節の柔軟性が理解できたのだった。素行問題で話題となっている大相撲の横綱・朝青龍だが、ここでは彼の強さだけに関心がある。彼の相撲を見ていて、強いと思う。もっとも、他の力士が弱いのだとも考えられるが。だが、朝青龍の強さが検討されてもいいのではないかと思う。しかし相撲解説において、彼の強さの秘密に言及した解説を、寡聞にして知らない。

朝青龍の強さの秘密を垣間見たのは、彼が投技を使ったときである。上手投げ、下手投げで相手を土俵の上に投げたあと、彼自身が土俵の上で体を回転させる場面を見たときだった。つまり彼が優れた体軸の持主であることが証明された場面だった。柔道でも相撲でも投技は体軸の回転で行なうことは基本である。朝青龍は身体操法の基本に忠実に技を施しているに過ぎないともいえる。というより体軸の感覚が弱体化して、日本人力士は腰の回転で技を施すことが出来なくなっているとも理解できる。

「壁の方を向いてシコを踏む力士の姿を見かけない。以前ははめ板に胸をこすらんばかりにして汗を流していたものだ。……これには腰を割る効果があるとされてきた。……つまり、腰を曲げてシコを踏もうものなら、たちまち頭をはめ板や壁にゴツン。いや応なく、背筋を立てて足、腰、頭を一枚の板のようにしなければならないわけだ」
「昔は四股一点張りですよ。五十篇でも百篇でも、四股踏まなければたたきのめされる。……一にも二にも四股が基本動作でした。それと鉄砲。そうゆうことで鍛錬したんです」
「けい古というのは、繰り返し、繰り返しやっているうちに、一つ一つ技術を身につけていくものである。そのためには、同じことを何十回でも何百回でもバカになって体で覚えるものだ」

以上の引用文は、安田武著「型の日本文化」の中から相撲の稽古について言及した部分の孫引きである。

ここに紹介されている稽古法は相撲が体軸を要とした半身の交替を動きの基本とする身体操法であることを如実に語っている。と同時に昔の日本人が体現していた身体操法でもあることだ。というより、相撲にしても柔道にしても、昔の日本人が体得していた身体操法を基盤に創造された世界であるということである。そして、朝青龍の強さは反面教師として、日本人がかつて相撲の基盤として体得していた身体操法を喪失していることを象徴的に物語っているともいえるのではないか。