藤波 保彦

ヌーベルヴァーグ・オマージュ



 かれこれ7~8年前、イタリア旅行の帰りにロンドンのヒースロー空港でのトランジェツトタイム。免税店で時間を潰していると、何とダスティン・ホフマンが横を通り過ぎた。根っからのミーハー気分全開で後をつけて行くと、ファーストクラスのラウンジに入って行ってしまった。せっかくのハリウッドスターとの遭遇を簡単には諦め切れず、ラウンジの前でねばっていると10分位して再び現れたのだった。
 残念なことにカメラはカーゴに入れてしまっていて、映像機器はビデオだけしか持っていなかったので、それを回していると、マネージャーらしき女性に「撮っては行けません」と言われてしまった。しぶしぶ引き下がったものの、未練断ち切れず遠まわしに撮り続けたのだった。

映画「ジョンとメリー」の1シーン。ダスティン・ホフマンとミア・ファーローの画像

「ジョンとメリー」のダスティン・ホフマンとミア・ファーロー(20世紀フォックス)

 ダスティン・ホフマンの主演映画の中で真っ先に思い出す作品は、1969年のピーター・イェーツ 監督、ミア・ファーロー共演の『ジョンとメリー』である。60年代末期の大都会ニューヨークを舞台に、互いの名も知らぬままベッドを共にした男女が、一夜明けての別れとともに運命的な恋に陥る、ちょっと洒落たラブファンタジー。

 私にとってこの映画が印象的だったのは、ジョンとメリーが最初に出会うバーのシーンで、見ず知らずの二人が意気投合する映画談議である。

 ミア・ファーロー演じるメリーが友人たちと飲みながらおしゃべりしている。

メリーの友人1「あの監督は頭がどうかしているよ。16キロの渋滞で人肉を食うなんて異常だよ」
メリーの友人2「異常なのは私たちかも」
メリーの友人1「あり得ないね」
メリー「渋滞で頭に来ない?」
メリーの友人1「来ても恋人を食べたりはしない」
メリーの友人2「よかった」
メリーの友人1「僕は起承転結があって筋の分かる映画がいい」
メリー「あれ象徴なのよ、だから・・・」
ジョンとメリー(二人同時に)「象徴!」

 と、びっくりしてメリーがジョンを見る。知らない男(ジョン)が話しに加わっている。

ジョン「それが映画の意図だ」
メリー「何ですか?」
ジョン「僕もその映画を見て物質社会の象徴だと思った」
メリー「そう、その通りよ。ありがとう」
メリーの友人1(訝しんで、メリーに)「知り合いなの?」
ジョン「その映画が好きなだけだ。おごるよ」

  「その映画」とはジャン=リュック・ゴダールの『ウィークエンド』。私にとっては、ゴダールの最高傑作だ。

映画『ウイークエンド』の1カット (C)2002 GAUMONT

2002年4月、35年ぶりに劇場公開された『ウイークエンド』(C)2002 GAUMONT

 映画『ウイークエンド』では、始まってしばらくすると車の渋滞シーンがずっと続く。実は、メリーの友人1が言う「あの監督は頭がどうかしているよ、16キロの渋滞で人肉を食うなんて異常だよ」と言うセリフ。この16キロという数字の根拠が私には今ひとつわからない。
 ただ、このシーンは長回しで撮影しているので、当時としては相当長いカメラレールを引いて撮影しているはずで、私も映画をはじめて見た時は、渋滞していた車の数は100台以上だとみていた。だが、植草甚一は著書『映画はどんどん新しくなってゆく』(昌文社)で、何台か数えたそうで(私の記憶が間違っていなければ)67台と記している。ワンカット撮影しているので、多く見えたのだと思う。ゴダールが映像の魔術師と言われる所以だろう。

 ところで、ジョンとメリーが言った「象徴」とは何の象徴なのか? ピーター・イェーツはなぜ、ここで『ウイークエンド』を用いたのか? 正直、私の中で未だ答は出ていない。
当時はまだ未成年で、酒も飲めない私にとって、ニューヨーカー達が集まるバーで、一夜を伴にする女性を探すなんて、それも、ゴダールの『ウィークエンド』について議論して知り合うなんて最高じゃあないか!、と思ったものだった。

 余談だが1969年のキネマ旬報ベスト10では、4位が『ウィークエンド』、9位が『ジョンとメリー』だった。この頃はゴダール映画もベスト10入りの常連だったが1970年以降はさっぱり。もっとも、最近では「キネ旬ベスト10」もさっぱり注目されないが・・・。

 ただ、ひいき目かも知れないが、近年、ヌーベルヴァーグへのオマージュと思える映画が多いと感じている。
2014年公開の『ウィークエンドはパリで』(ロジャー・ミッシェル監督)もそう。ホテルの部屋でTVが放映していたのはゴダールの『はなればなれに』(1964年)で、アンナ・カリーナ、クロード・ブラッスール、そしてサミ・フレーの3人による「マジソンダンス」の場面は有名だ。ゴダールファンはこのホテルの部屋のシーンと原題の『Le Week-End」』からして、ゴダールへのオマージュがいっぱいと感じたはず。
 そもそも主人公を演じたジム・ブロードベントもゴダール風にメイキャップしているし、ヒロイン(リンゼイ・ダンカン)のファションも、完全にと言っていいほどアンナ・カリーナである。映像も後半のシーンは、よくこれほど似せて撮れるものと感心する。そして案の定ラストは、例の「マジソンダンス」終わる。

 今年1月に日本公開されたジャン=ポール・ルーヴ監督『愛しき人生のつくりかた』も、冒頭でモンマルトル墓地が出てきて、なんとなくトリフォーの匂いを感じる。あにはからんや、『夜霧の恋人たち』でジャン・ピエール・レオが働いていたと思われるホテルが登場する。
 特に有名なシーンではないが、このようなシーンが出てくるのは嬉しい。ホテルの名前も同じ「ホテル・アルシナ」である。ここに例のポスター(『夜霧の恋人たち』『黒衣の花嫁』トリフォーの思春期3作品登場)が貼ってあれば最高だった。

映画「イカとクジラ」の1シーン。この映画はフランソワ・トリュフォー監督「大人は判ってくれない」を彷彿とさせる。

「イカとクジラ」の1シーン(ソニーピクチャーズ)。この映画はフランソワ・トリュフォー監督「大人は判ってくれない」を彷彿とさせる。

 これからも、ヌーベルヴァーグを現役で知っている監督、この時代を知らない世代の監督からも、この様なオマージュ的シーンを持つ映画が出て来ると思う。すでに、ベルナルド・ベルトリッチ監督『ドリーマーズ』(2004年日本公開)、ノア・バームバック監督『イカとクジラ』(2006年)、蔡明亮(ツァイ・ミンリャン)監督『ふたつの時、ふたりの時間』(2002年日本公開)など、話題作がたくさんある。ヌーベルヴァーグの映画に思いを寄せる監督は数知れず、ヌーベルヴァーグは不滅なのだ。