檜山 東樹

タイプフェース・イマジン-吉田佳広の素敵な仕事

『マップ紀行-おくのほそ道』

--月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。舟の上に生涯をうかべ馬の口をとらえて老をむかふる物は、日々旅にして、旅を栖とす。古人も多く旅に死せるあり。予もいづれの年よりか、片雲の風にさそはれて、漂泊の思ひやまず、・・・・・・と始まるのは『おくのほそ道』である。
 元禄二年三月二十日(三月二十七日ともされるが、西暦では1689年5月9日にあたる)の早暁、江戸深川の庵を立ち退いた松尾芭蕉はこのとき46歳。弟子の河合曽良を伴って隅田川を舟で千住へと遡り、そこからみちのくへと旅立つ。

 芭蕉の、奥州路から越後・越中・北陸を経て美濃大垣に至る行程約2,400キロ、150日に及ぶの旅路から生まれた著名な紀行文学であり、句集でもある『おくのほそ道』は『奥の細道』と表記されることもあるが、1702(元禄十五)年、京都井筒屋刊の原題に基づき『おくのほそ道』が正式とされている。解説書、関連書を含め『おくのほそ道』本は今なお多く出版されているが、1985(昭和60)年、朗文堂書館から刊行された『マップ紀行-おくのほそ道』は異色で、素敵な本である。

 「本」と言ってもこれ、函入り上製表紙ながら背も綴じもない。天地23㎝の本文ページは経本折り、いや、経本折りは表裏で8ページに折るのが基本だが、本書は表裏48ページ折りで、しかも折り目で本文内容が分かれているわけはなく、表紙を含めて4メートル68センチの1つながりのページをジグザグの蛇腹折りにしているのだ。

屏風や絵巻を思わせる『マップ紀行-おくのほそ道』の装幀デザインを示す画像

屏風や絵巻を思わせる『マップ紀行-おくのほそ道』の装幀デザイン。

旅路の芭蕉のココロノウチも見えてくる

 表裏それぞれ1つながりのページには、いずれも『おくのほそ道』の旅の行程を現代において辿ることができるように視覚化されている。
 おもて面は、高速道路を含む道路網と新幹線を含む鉄道路線図に、芭蕉が参詣した神社・仏閣、訪れた名勝、温泉、登ったり眺望した山々に加えて、句碑の在処まで記した精緻な交通マップが、深川近辺を起点に右から左へとつづき大垣とその周辺まで一覧できるデザイン。面を返すと、芭蕉が歩いた旅路を、国道、高速道路、国鉄(当時。現JR)路線、さらに私鉄路線、そして新幹線路線がそれぞれ並列した直線で描かれ、左・深川から右端-大垣まで主要区間の距離、最寄り駅と駅間の乗車時間が記したインフォ・デザインとなっている。

 だが、この本(かな?)の愉しさは、そういうブックデザインのユニークもさることながら、マップの”位置情報”に対応させてレイアウトされた『おくのほそ道』本文であり、芭蕉の句であり、途々の地名で・・・と言うより、それら日本語の文字デザインである。
 旧リョービイマジクス(晃文堂)が開発した写植文字書体(現在は株式会社タイプバンクに譲渡されている。)-本明朝L,M,B,Eと、「味岡慎太郎かなシリーズ」の良寛L,M,B,E小町L,Mを、さまざまに織り交ぜ、サイズを変化させ、ときにその字形を滲ませたり、字形のエレメントを一部擦って掠れさせたり、象形的に手を加えるなど、芭蕉のことばをあたかも絵巻か屏風絵のように視覚化して見せる(写真参照)。

 するとそこには、意味情報としてのことばの連なりで著された『おくのほそ道』からは、相当な感性を働かさなければ簡単には見えてこない芭蕉の旅路が、叙情豊かに浮かび上がってくる。その地そのときどきに芭蕉が見い出し抱いた感動や情感、、あるいは心衝かれ揺る想いまでが、書体それぞれが見せる独特の表情=まさに”タイプフェース”によって、想像力が刺激され、感覚的に伝わってくるのだ。
 視覚言語としての”文字の力”、単なるデザイン技巧ではない「書体=タイプフェース」の意義を改めて強く意識させられた。

さまざまな書体でデザインされた『マップ紀行 おくのほそ道』の本文ページ例写真

さまざまな書体でデザインされた『マップ紀行 おくのほそ道』の本文ページ例

美しき哉、本明朝書体

 しかも、その”文字の力”は凜として美しい。そう感じるのは、たぶんデザインの主軸となっている明朝書体(明朝体)ベースの本明朝と小町書体によると思う。

旧リョービ「本明朝」書体のイメージ例。

旧リョービ「本明朝」書体のイメージ例。(株式会社タイプバンクHPより)

 明朝体は、漢字と仮名で表記される日本語を、もっとも美しく視覚化する基調書体と言える。金属活字組版の時代からそうであったし、写植組版全盛の時代には明朝体のタイプフェースにはさまざまな種類が登場した。なかでも旧リョービ本明朝は秀逸であったという思いが、個人的にはある。
 ちなみに、Windows PCやOfficeソフトなどでマイクロソフトの日本語フォントとしておなじみのMS.明朝は、この本明朝をベースに作られたものだ。

 多才なグラフィックデザイナー・味岡伸太郎が旧リョービと組んで世に出した小町書体はもともと、短歌という日本固有の文字表現を版組みするために発想された。また、良寛書体は書の達人と言われた良寛さんの字形から作られていて、いずれも本明朝との組み合わせを基本としている。本書『マップ紀行 おくのほそ道』でも、芭蕉の句は小町と良寛の書体で表現され、名句の味わいをより際立たせていると感じる。

旧リョービ:味岡伸太郎かなシリーズ「小町」書体のイメージ例。

旧リョービ:味岡伸太郎かなシリーズ「小町」書体M(上)とL(下)。(株式会社タイプバンクHPより)

 インターネット・ブラウザをはじめメールもビジネス文書も何もかも、今や日常生活に広がるデジタル媒体で目にする日本語文字は「ゴシック」書体が専らのデフォルトである。ドット集合が原理の光学的デジタルフォントでは、ゴシック体によるのがもっとも視認しやすくはある。画面表示に適していて読みやすいの確かだ。
 しかし、ゴシック体の日本語は美しくない。個人的な趣味の問題かも知れないが、ことばの意味の広がりや含蓄のある文章を視覚化するには、ゴシック体は凡庸な感じがして漏れていく物事が多いように思う。スマホやネットでゴシック体の文字ばかり眺めていると、ことばに対する感性も鈍くなるような気がする。やはり、日本語には明朝体がふさわしい。

 もちろんゴシック体にも視覚言語としての優れた面はあるし、美しいゴシック体もある。写研のゴナやナールなどはその代表で、本書でもマップ上の駅名などには「ゴナM,DB」が用いられているが、残念ながら写研書体はデジタルフォントにもウェブフォントにもなっていない。

デザイナー吉田佳広の素晴らしき仕事

 『マップ紀行 おくのほそ道』の著者、というか作者は吉田佳広。グラフィックデザイナー、とりわけタイポグラフィーのデザインでは味岡より先輩の第一人者である。

 吉田には本書以前に『文字の絵本 風の又三郎』という、同様の趣向の著作がある。タイトルの通り、宮沢賢治の『風の又三郎』の登場人物や風、霧、樹木、葉など物語を構成する自然に、それぞれ異なるタイプフェイス(書体)を配し、それらを絵のように視覚デザインすることで、独特な賢治のことばとそのリズムを活き活きと膨らませ、同時に視覚言語としての文字、「タイポグラフィー」が拓く豊かなイマジネーションと表現力を顕在化してみせた。

吉田佳広・デザイン(宮沢賢治・原作)の『文字の絵本 風の又三郎』の1ページ画像

吉田佳広・デザイン(宮沢賢治・原作)の『文字の絵本 風の又三郎』の1ページ。

 1977(昭和52)年、まだ金属活字組版の時代に自主制作で出版されたこの『文字の絵本 風の又三郎』は、1984年、写植組版による改訂版が朗文堂書店から刊行され、実験的絵本として大きな反響を呼んだ。そして2013(平成25)年、デジタルフォントとDTPも駆使した新デザイン版が偕成社から出版されている。
 『マップ紀行-おくのほそ道』は既に版元にも在庫はなく、中古書でしか入手できないが、『文字の絵本 風の又三郎』の最新版は版元およびネット通販などからも購入できる。ご一読、ご一覧あれ。

 

吉田佳広+芭蕉の『マップ紀行-おくのほそ道』(1985年朗文堂書館・刊)

吉田佳広+芭蕉の『マップ紀行-おくのほそ道』(1985年朗文堂書館・刊)