ディシー沢板

ドリームタイム

「死」が通り過ぎていく。のっぺらぼうな風とともに

先日、近所でご不幸があり、隣組ということで告別式での受付や駐車場の誘導整理をした。まだ60歳代半ばの若さで、且つ半年前まで元気だったこともあって、多くの参列者が驚きと深い悲しみに包まれていた。謹んで故人のご冥福を祈りたい。

こういう機会があると多少は死の事情について話題を巡らすが、日頃「死」そのものの意味や「死後の世界」について考えることは殆どない。親族や友人・知人の、身近な人間の死であってもそれは殆ど変わらないのではないか。即物的な文明社会?に生き、過剰物質に浸りきった生活をしていると、「死」とはそれらの意味を無に帰す存在として捉えられることが多いように思う。

会社員時代に部下が亡くなった時も、「死」の意味ではなく死んでしまった者の「生」の意味をひたすら探っていた。夢に向かい一生懸命頑張る姿、やり甲斐のある仕事、健康な肉体と健全な精神、愛に満ちた生活。これらは全て「生」を前提としているからこそ語られる言葉であり、「死」とはそれらが一瞬にして停止し無に帰してしまう、あってはならない存在として認識される。「死」のあとには悲しみと追憶だけが燻り、のっぺらぼうな風とともに通り過ぎていく。

生きてるうちが花なのよ、死んだらそれまでよ・・・と

昔、そうもう30年程前になるだろう、『生きてるうちが花なのよ、死んだらそれまでよ党宣言』と言う映画を見た。内容は殆ど覚えていない。ただ、映画は面白かったこと、東京池袋の文芸座の地下で大学の友人と観たこと、それと、この題名の言葉が気に入ってよく口にしていたことを覚えている。単純な言葉だが、きっとこれが自分にとっての死生観に近い言葉だったのだろう。とは言え、内容を殆ど忘れたではあまりに味気ないのでネットで調べた。

森崎東監督の1985年ATG作品。主演の倍賞美津子が日本アカデミーの最優秀主演女優賞を(他作品と合わせて)獲っている。沖縄問題、原発ジプシー、フィリピンから出稼ぎに来る女性“じゃぱゆきさん”、教育問題など複雑に絡ませたパンチの利いた悲喜劇。
当時の時勢に合っていてその辺が良いと感じた所以なのかも知れないが、もし今見たとしても今日の時勢に合っていると思えるかもしれない。それだけ似たような問題が、形を変え繰り返し起こっている社会なのだろう。因みにこの作品は、長年DVD化はされていなかったようだが2012年になって初リリースされた模様。前年の東日本大震災による原発事故と無関係ではないだろう。

今でも“死んだらそれまでよ”との感性はある。“青くなって尻込みなさい、逃げなさい、隠れなさい”との教訓めいた言葉もそれに通じるのか、こちらもよく使う。
そんなことを思っていた時、たまたま古本屋で『三万年の死の教え-チベット[死者の書]の世界』(中沢新一;1996年,角川書店)を見つけた。そこには“死んだらそれまでよ”の世界とは異質な「死」への解釈があった。

[死者の書]の世界に見えてくるもの

『三万年の死の教え-チベット[死者の書]の世界』(中沢新一;1996年,角川書店)表紙画像

三万年の死の教え-チベット[死者の書]の世界』(中沢新一;1996年,角川書店)

[死者の書]の経緯は複雑である。中世チベット(9世紀頃)でグル・パドマサンバヴァによって書かれ、地中に埋蔵・隠されていた書物が基となっている。これを発見した密教僧カルフ・リンバが14世紀に『バルド・トドゥル』という書物を著す。更にそれを基に、20世紀にヴェンツというアメリカ人が『チベットの死者の書』として翻訳本を著す。それら全体を中沢新一が解説・コメントしているのが本書である。

『チベットの死者の書』は出版された30年代と、60年代末から70年代初頭のベトナム戦争泥沼期の欧米で著名になったようだ。中沢の著書『チベットのモーツアルト』ではないが、チベットという特有の地域で、文明社会とは別の進化を精神文化の中で独創的に発達させたことは驚きであり、深い興味であった。

「死」について例えば医学で比較すると、私たちの世界の医学は「死」という敵対者のジェノサイド(撲滅)を最終目的として発達してきたのに対し、チベット医学は病気や死の動きに合わせて自らの生命の側の力配分を変化させ、相手の力が全面化しないよう長く持続させる、言わば「死と共生」しようとする技術だという。

[バルド]とは中間、途上、途中の意味。何かと何かの中間とか、何かに向かう途中とか、で古い教えでは「存在世界のバルド」、「死のバルド」、「心の本性のバルド」、「再生のバルド」等に分類されるようだ。「存在世界のバルド」とは生きている状態そのもので、自分の周りの環境世界を作り上げ、自分の存在にとって意味のあるものだけで作られた世界。よって心の本性[イエシエ]には触れることができず、中間に他ならない。
また、70年代後半の『チベットの死者の書』が流行った当時は、構造主義の「無意識は言語として構造化されている」との考えが主流であった。人間はどこまでいってもこの言語的リアリティから抜け出せず、存在のあらゆる領域まで言葉に浸透されている。それが[死者の書]では「言語は外部にある」と言っている。あらゆる人間が死後に体験することになる「存在の裸形に輝き」について語られ、意識の働きが解体し、溶解していく時、人間が体験する「アーラヤ識」の外部の事が光の体験として語られる。

「ゾクチェン」はチベット仏教思想の最高の発展段階で、「ゾクチェン」の瞑想によって体験されるものと、『バルド・トドゥル』が説いている死後の意識の体験するものとが本質的に繋がっている。それはチベットの古来の宗教、つまり仏教以前の宗教に根差している。

バルド、ゾクチェン、アーラヤ識・・・興味深いが難解で

・・・と書きつつも、はっきり言って「死と共生」も「バルド」も「アーラヤ識」も「ゾクチェン」も、よく理解できない。これら一つ一つは重要で興味深い。他にも幾つも面白そうな事が書かれているが、何れもイメージ的な漠然とした理解はできるが、核心は難解で、読むたびに不理解だけが深まる。
ただ、解釈についての誤読も許容しているふしもあり、自分なりの解釈でも許されるのかもしれない。

「ゾクチェン」=宇宙(意識、心、存在だけではない全て)の存在の核心へ入り込もうとしている思想。修行者たちがヒマラヤ山中の見晴らしのいい丘に座って、じっと真っ青な空を見つめている光景は、私もすばらしいものだろうと感じる。青空の本性が、見開かれた眼から修行者の体内へ流れ込む。生命と意識そのものが透明な、宇宙的なブルーに染まっていく。

そして驚くべきことに、それはオーストラリアの原住民アボリジニーの宗教体験と似ているのだ。彼らは地球上でもすばらしく豊かで深い精神生活を送っていた。テレパシーの能力に富み、宇宙を強大な目に見えない力の流れとして捉え、宇宙に遍満するその力の流れを《ドリームタイム(夢の時間)》と呼び、その《ドリームタイム》の力の流れに触れながら、彼らの充実した精神世界を送ろうとした。

アボリジニーの《ドリームタイム》に触れられたら

アボリジニーの考えでは、人は誕生する時《ドリームタイム》の力の流れからやって来て、生命は生まれる。成長の過程で幾度となく、荘厳な音楽や孤独な瞑想や幻想的な植物の煙を使って《ドリームタイム》と接触し、目に見えない宇宙の力と融合する。
そうしていつか、最も深く、最も純粋なエッセンスが光となって体内に流れ込み、《ドリームタイム》の核心に触れるのである。肉体の死が来る前の、生の彼方にある宇宙的な力の存在を体験する。

チベットとオーストラリアには共通する「原アフリカ文化」の存在が見える。原アフリカ文化の担い手はアフリカからアジアへ渡り、分離する前のオーストラリアにも行った。地殻変動で離れた後も独自の進化を遂げ、文明と離れた秘境の地で違う進化をしたのではないか。もし、物質文明に負けない精神文明が発達していたらどんなものになっていただろう。

DVD「NHKスペシャルーチベット死者の書」の画像。この映像はスタジオジブリが企画制作し、NHKで放映されたチベット仏教と「死者の書」に関するドキュメンタリー。

DVD「NHKスペシャルーチベット死者の書」。スタジオジブリが企画制作し、NHKで放映されたチベット仏教と「死者の書」に関するドキュメンタリー映像コンテンツ。

物質文明にどっぷりと浸かった私などが、俄仕込みの瞑想など行ったところで《ドリームタイム》は訪れない。それでも現代社会の中でさえ価値の多様化は重要だと感じる。
全体主義的なニュアンスを感じる“一億総○○大臣”などが出てくると“生きてるうちが花よ”“逃げなさい、隠れなさい”と口遊んでしまう。

「3万年の死の教え」は微塵も身に付かないが、《ドリームタイム》という響きの良さに心は豊かになった気持ちがする。死に対する考えも現世と少し距離を置いて、ゆっくり考えてもいいかもしれない。ヤサグレた現代人の私は、丘ならぬ縁側で秋の夕空の淡いオレンジに盃を傾け、心安らかに深い瞑想(睡眠)に入る。