海野 清

「芸術新潮 1987年11月号」とめぐり逢う

「芸術新潮」1987年11月号の目次の一部

洲之内徹の絶筆掲載の「芸術新潮」1987年11月号の目次一部

 その日、BOOKOFFロッテシティ錦糸町店に1冊だけあった雑誌「芸術新潮」は、新刊のまま年月を経てずっとそこにあるような、素晴らしい状態のものでした。
 表紙を見て「気まぐれ美術館」が連載されている時代のものだろうと思い目次を追ってみたら、なんと「気まぐれ美術館 165 一之江・申孝園」となっていました。

 「芸術新潮 1987年(昭和62)年11月号」は、長い間連載されていた「気まぐれ美術館」が著者 洲之内徹の死(昭和62年10月28日)によって最後の掲載となった雑誌です。ずっと探していた本ではなく、多分、手に入れようと思えばなんとかなる類のものではありましたが、期せずしてこんなふうにめぐり会えるものなのだなあと思いました。

 「気まぐれ美術館 165 一之江・申孝園」は、前号の「第164回 夏も逝く」と同様に藤牧義夫を取り上げていますが、それは、前年(昭和61)6月発行の平凡社刊「別冊太陽/日本のこころ54・モダン東京百景」<特別企画・藤牧義夫隅田川絵巻>に洲之内徹が書いた次のような文章がきっかけになっています。

「隅田川絵巻」が掲載された「別冊太陽-日本のこころ54-モダン東京百景」の表紙画像

洲之内徹編で藤巻義夫の「隅田川絵巻」が掲載された「別冊太陽-日本のこころ54-モダン東京百景」(1986年6月;平凡社

 〈第一巻をこうして最後に掲載したのも、このあとも本文の中で第一巻に全く触れていないのも、ここに描かれている庭園がどこなのか分らないからである。絵巻が発見されたときには向島百花園だといわれていた。しかし、そうではなく、浅草伝法院の庭だという説もあり、架空の庭園だという説も生まれたが、作者ははっきり写生の日付まで記入している。また、これを第一巻だと、作者自身が巻の初めに書いている(この巻だけは巻を左から開いて見て行くようになっている)。
 白鬚橋のすこし下流、いまのビール会社の物置場のあたりにかつては大倉別邸があり、また橋に近接して八洲園という庭園があったし、上流には有名な料亭八百松の庭があった。もしかするとそういうところかもしれない。それだともっと川に近く、「隅田川絵巻」の一巻としてもよりふさわしいことになる。お分りの方があったら教えていただけると有難い。〉

 誌上からの洲之内徹の問いかけに対して、宗教法人国柱会事務局長・大橋邦正氏から「藤牧義夫作絵巻の第一巻は、国柱会の庭園「申孝園(しんこうえん)」と見られる……」という内容の手紙が届きます。絶筆となった「気まぐれ美術館 165 一之江・申孝園」は、ここからはじまります。

 「私は大橋さんに返事を書き、絵巻に描かれている当時の建物の写真が残っていないかどうか訊きあわせ、同時に、大橋さんのこの手紙を〈気まぐれ――〉に掲載させてもらえるよう頼んだ。すると、電話で返事があって、写真はいろいろ残っているという。となると、これで決った。先の百花園説にしても、伝法院説にしても、それが否定されたのは、まず、土地の古老の誰の記憶でも建築物が違うからであった。松なんかどこにだって生えている。キメ手は建物だ。絵巻第一巻は申孝園にちがいない。多年の謎が解けた。」

 藤牧義夫に関する新たな情報。齢74歳の洲之内の心の高ぶりが伝わってくる文章です。また、次のようにも書いています。

 「・・・・だいじなここのところにはもっと証言が要る。すべてをノイローゼのせいにしてしまえば事は簡単だが、では、彼をノイローゼに追いこんだ原因は何なのか。証言が得られるかどうか、やってみなければ分らないが、しかし、それはまた次号ということにしよう(藤牧義夫についてはもう一回書く)。いまは、私は絵巻の第一巻が一之江の申孝園だということを書けばいいのだ。」

 「藤牧義夫についてはもう一回書く」という予告は果たせませんでしたが、それから二十数年後、銀座の画廊「かんらん舎」オーナーの大谷芳久氏による労作『藤牧義夫 眞僞』(2010年;学藝書院,絶版)によって、真贋混淆が疑われた作品の詳細な検証とともに、謎の多かった藤巻義夫の生涯が明らかにされました。この大谷氏は「気まぐれ美術館・帰りたい風景/中野坂上のこおろぎ」にも登場し、《隅田川絵巻》の風景を一日連れだって歩いています。

『君は隅田川に消えたのか-藤牧義夫と版画の虚実』(講談社;2011年刊)ジャケット画像

『君は隅田川に消えたのか-藤牧義夫と版画の虚実』(講談社;2011年刊)

 もう一冊、駒村吉重『君は隅田川に消えたのか-藤牧義夫と版画の虚実』(2011年5月発行;講談社)にも二人は出てきます。こちらはノンフィクション・ミステリーの趣ですが、大谷氏が別の意味で主人公のようだと感じながら、面白くて一気に読んでしまいました。それも、一冊の雑誌とめぐり逢ったからなのです。
 あらためて藤牧義夫、洲之内徹、そして大谷芳久氏とともに、隅田川に架かる多くの橋にも興味を持ちました。人生の残り時間は減る一方なのに、気になる人・物・事がどんどん増えていきます。