洲之内徹

「三年目の車」他より

「三年目の車」より

「……しかし、それがあの何かであるかどうかはわからない。あるいは、その何かは作者自身にもわからないのではあるまいか。そして、作者は、その自分でもわからない何かに内側から押されて、描かずにいられなかったのだろう。この絵の恐ろしいところはそこだ。その証拠に、作者がその何かを下手に意識して、一種の幻想絵画風のものを描きだす数年後の作品は、私の見るところでは、ずっと落ちる。 何かは何かでいい。わざわざ名前をつけて矮小化することはない。それは本来、触れることのできないものなのだ。描くほうも、受けとるほうも、その何かを言葉の表現にしないと安心できないというのが現代の因果な傾向らしいが、そのときが危ない。しかし、そう言いながら、私もやっぱりその何かが何なのかを考えずにいられないのであるが、例えば、この人物の背後の山々の、このリアルさは何なのであろうか。梅原氏の言われるように「まさに日本の山川」であるだけではなく、匹見のこの山の中へ来てみると、池田君のどの作品の中の風景も、まさにこのあたりの風景なのである。この不思議さ……」

「海辺の墓」より

「……ことごとく私は同感だし、みんなの言うことはよくわかるが、わかりながら、いまはこんなふうには絵を描くことはできないのではないかという気が、私はだんだんとしてきたのだった。ひとつ気がついたことというのがそれである。才能だけの問題ではない。時代という言葉はなるべく使いたくないが、時代がちがうのだ。こんなふうにひたすらに、まるで信仰のように、一切を自分の絵のなかに投入して生きるということが、いまはできない。なぜだろう。 いまは、見るものも知るものもあまりに多すぎる。いわゆる情報過多というやつで、若い人が絵を描くのでも、初めからあっちをみたりこっちを見たり、眼が外のほうにばかり向いていて、自分を見失ってしまう。万事世間様相手であるが、その世間のほうが大衆社会というのか、中間社会というのか、生活は平均化し、単位化し、生活の目標は小粒化して、せいぜい早くマイホームを持つことぐらいが人生の目的になってしまい、仕合わせとか幸福とかいう言葉がやたらに流行する。こんな社会に、はたして芸術など必要だろうか。民主主義は芸術の敵だと、私はよく暴言を吐いていつも怒られるが、すくなくとも、民主主義的嗜好に浸透されてしまった人間と社会からは、もはや芸術も、芸術家も生まれないのではないか、という気が私はする。」

「凝視と放心」より

「……結論が唐突すぎるかもしれないが、芸術というものは、生存の恐ろしさに脅え、意気沮喪した人間に救済として与えられる仮象だと、私は考える。生存に対する幻滅なしには、真の芸術への希求もない。恐怖が救済を約束する。美以外に人間をペシミズムの泥沼から救ってくれるものはない。」