石笑 辛一

人生の三分の一は眠っている

ピエロのびっくり箱写真(平凡社「別冊太陽 No.49」より)

  平凡社「別冊太陽 No.49」より

 人生の三分の一は眠っている。
日中意識があってイキてるわけじゃない。その三分の一は死んでいるのかといえば、そうじゃない。睡眠中も脳は活動しているのであり、日中のゴチャゴチャした体験・記憶を消化もしくは整理している。夢を見ないで起きることはなく、夢見ているのだが、思い出さない(出せない)だけである。

 「酔生夢死」というコトバがあるが、いわば一生の間、ボンヤリうかうかと過ごし、気付かぬうちに時間切れ、一巻の終わり。そんな一生でありたくないが、起きてもまだ夢の中にいて、夢見ているのに気が付かない。そんなのアリ?
 大アリなんですね。かく申すボクも目ざめてんだか夢の中なんだか……。いっその事、明恵上人みたいに「夢日記」をつけてみようか?

 夏目漱石に「夢十話」という文がある。「アラビアンナイト」なんて膨大な夢物語で、人間ってこんなにも途方もないドリーマーなのかと、感動すら覚える。黒澤明は「人は誰でも夢の中では天才である」と言ったが、核心をついている。

 基本的にボクはヨガ行者=ヨギのつもり。ヨガとはバランスであり、コントロールであり、自他/神人、一体感をゴールとしている。禅とどう違うのか、また、TAO(道経・老子の教え)とは? YOGA、ZEN、TAO、いずれも古い歴史と伝統の技であり、智慧で、単なる教えではなく、身体知に根ざしている点が素晴らしい。

 カラダは肉体(Body)であって、精神(Mind)でもあり、魂(Soul)を宿している。
 WHO(世界保健機構)は「健康」の定義として、肉体的・精神的・社会的にも、さらにスピリチュア的にも健全であると提言しているが、スピリチュア=オカルトではない。「鬼神魔術」や「あの世」の極楽を説くものではなく、この地上における在り方=しあわせになる道である。
 生き方上手であり、元気の達人といった者になるヒントに充ちている故、若いうちから知らねば損々。いや、年とっても遅すぎることはない。いつでも、よーい、どん! 死ぬ3日前に悟れれば、たとえそれまで放蕩無頼であっても救われる。人生、貧・苦・不運の連続であっても、なんとか辻褄が合うものである。

 悪い奴ほどよく眠り、正直者がバカを見るってのは真実じゃナイ。くり返すが、人生三分の一は眠るが、三分の二も夢生であるけど、夢ならば大いに愉しもうではありませんか!