ディシー沢板

楽園のカンヴァスで夢をみた

アンリ・ルソーの「夢」(ニューヨーク近代美術館・蔵)画像

アンリ・ルソー「夢」(1910年作;MoMAニューヨーク近代美術館・蔵)



 9月の穏やかな日に箱根のポーラ美術館に行ってきた。
 この美術館は10年ほど前にでき、ピカソ『海辺の母子像』、ゴッホ『アザミの花』、シャガール『私と村』、ルノワール『レースの帽子の少女』やモネ『睡蓮の池』等有名な西洋画家作品から、岸田劉生『麗子坐像』、佐伯祐三『アンドレ リュード シャトー』等の日本画家の逸品も所蔵し、結構高いレベルのコレクションとなっている。

ポーラ美術館アプローチの画像

ポーラ美術館

 今回ここを訪れようと思ったのは、アンリ・ルソーの作品を見たいと思ったからである。ここには彼の『エッフェル塔とトロガデロ宮殿の眺望』、『エデンの園のエヴァ』など8作品が所蔵されている。

 アンリ・ルソーは100年ちょっと前のフランスの画家である。パリの税関職員で、当初は余暇に絵を書いていたことから「日曜画家」とか「ル・ドゥアニエ(税関吏)」とも称せられるようである。ただ実際には税関を早期に退職し、年金をもらいながら絵に専念していたようだ。

 彼の作風は、(1)人物は真正面か真横向きが多く、目鼻はノッペリとした類型化で、(2)風景では遠近感がほとんどない一方で、樹木や葉、花といった細部は1枚1枚が几帳面に描かれている。よって、一見稚拙に見えるため、一部を除き生前は高い評価は得られていない。
 しかし、ピカソやアポリネールらは彼の作品の完成度と芸術性を高く評価し、いわゆる「日曜画家」の域をはるかに超えたものと認めていた。そういう意味では100年以上前に、キュビスムやシュルレアリスムを先取りしたとも言える独創的な絵画世界を創造したことになる。

 アンリ・ルソーの紹介はこれくらいにしよう。美術史に精通しているわけでもない私が解説したところで、所詮何かの記事の受け売りでしかない。大体、アンリと言えばフランスのサッカー選手を思い浮べ、ルソーと言えば社会契約論の哲学者かと思うほどで、今回美術館に行くまではアンリ・ルソーという画家には“いたような気がする”程度の認識しかなかったのだから。

 では、なぜ今アンリ・ルソーなのか? それはただ単に、原田マハの『楽園のカンヴァス』(新潮社2012年;山本周五郎賞受賞)を読んだからだ。本作中のルソーはその日の暮らしにも困る、うだつの上がらぬ存在。そんな税関職員崩れの「日曜画家」がどんな絵を描いていたのか見たくなったからである。

アンリ・ルソーの「エデンの園のエヴァ」(1906-10年;ポーラ美術館・蔵)画像

アンリ・ルソー「エデンの園のエヴァ」(1906-10年;ポーラ美術館・蔵)

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジャングルの絵が気に入った。ルソーの作品の中には多くのジャングルを扱った作品がある。どことなくネイティブ・アメリカンやアポリジニたち大陸の先住民が描いた文様が思い浮かび、沖縄の紅型(びんがた)にも似た郷愁めいた、それでいて激しい鼓動が伝わってくる感じがする。奔放な心と秩序維持の均衡感とが脳内でバランス良く妙に落ち着くのである。

 同時にふと思った。この“日曜画家”は幸せだったのだろうか?、と。
妻子とは早期に死別し、家庭的には恵まれてもいない、絵の評価もままならぬまま死んでいった。しかし、大好きな絵を、何と言われようとも描き続けた。近所の若い主婦に惹かれ恋をし、モデルを頼み、受け容れられると子供のように喜んだ。やりたいことを純粋にやることが大きな幸せだったのだろう。(俗っぽく有り体に言うと『釣りバカ日誌』の浜ちゃんか?)

 彼の絵からは「好きなことをやる」、そんな、作為のないありのままの素朴さが情熱となって伝わってくる。同時に、「お前はそこで何をしてるんだ」と問いかけられているようでもある。
 「私はかつて正しかったし、今もなお正しい。いつも、私は正しいのだ」(カミュ『異邦人』)と、嘯(うそぶ)くこともできず、やらないといけないこととやりたいことの2つの二律背反的命題の間で心が揺さぶられている。人生の中の要らないエッセンスを剥ぎ取り、必要な物だけにフォーカスした生き方がしてみたい気持ちになる。

 『楽園のカンヴァス』は美術ミステリーである。そして、主人公たちが人生における不必要なエッセンスを削ぎ落そうとして「夢をみた」物語でもある。
 アンリ・ルソーの実際の絵画の魅力--動かない、そこに存在する閉じ込められた世界でしか伝えられない情熱の塊まり。そこから感じる違和感の中で,私のしがらみの夢を醒ましてくれたら幸いなのだが。