堀井 彰

四十年ぶりの失恋

四谷シモンの人形

エコール・ド・シモン(四谷シモン人形教室)のホームページより



 あの出来事は1973年のことだとあらためて知った。横浜のそごう美術館で開催された「SIMONDOLL 四谷シモン」展の会場で、彼の年譜を見て、記憶の底からある情景が蘇ってきたのだった。

 そのころフランス文学者の渋沢龍彦の著書やエッセーに読みふけり、そのなかで人形作家四谷シモンの作品を知ることになる。もちろん作品そのものを直接に眼にしたのではなく、雑誌に掲載された写真印刷でだったと思うが、初めて目にした経緯は今では記憶の外になっている。とにかく衝撃を受けたことは事実である。それまでまったく無名に近い存在であった人形作家の作品を見たいと、個展へ歩を運んだのだったから。

 そもそも創作人形に関する関心はそれまでまったくなかったといってよいだろう。それが人形の存在に関心を向けたのは、H・ベルメールにかんする渋沢龍彦のエッセーを読むことが機縁だった。その具体的な第一歩が四谷シモンの人形と出会うことだったといえる。それには四谷シモン自身がH・ベルメールとの出会いに触れていたように記憶していたからかもしれない。

 個展会場が東京銀座の青木画廊であったことも今回はじめて知ったことだった。
 画廊の扉を引きあけると、さほど広くはない会場の壁面を巡るように作品の人形が並んでいるのが眼に飛び込んできた。そして記憶に残っているのは人形が持つルージュの赤の毒々しさだった。そして人形というよりも悪意の権化といった衝撃力を身にまとっていたように感じた。
 今回改めて正式に人形と向いあって、記憶に残っていた印象を再確認したように思う。だから衝撃を受けたというよりむかし受けた衝撃の再確認で、記憶は少しは緩衝の役になっていたように思える。それでも「未来の過去とイブ」シリーズの人形たちのスキャンダルさは圧倒的だったように思う。そして、その圧倒的な印象は「未来の過去とイブ」の後に製作され今回展示されていた「慎み深さのない人形」シリーズにも継承されていたことを知った。

 青木画廊に一歩足を踏み入れ、壁面に立ち並ぶ人形作品を一度に瞥見したが、一瞬後、画廊の中央あたりにコーヒーテーブルを挟んでソファーが置かれ、ソファーに作者である四谷シモン、そして仏文学者渋沢龍彦、夫人の三人の姿が目に飛び込んできたのだった。
 扉口に佇む私に向かって作者の四谷シモンか渋沢龍彦か、そのどちらであるか不分明であったが、とにかく声をかけられたのだった。二人の姿を目にしただけで上気している上に、声までかけられて、我を忘れてしまったようだ。しかしなぜか反射的に踵を返すと、失礼しますと軽く会釈して外へ出てしまった。一連の行動を、外に出て時間の経過とともに冷静になった頭で思い返すと、なんとももったいない、残念で仕方のない出来事だった。画廊へ戻ろうかと思い返したかどうかは記憶にない。

国立近代美術館所蔵の四谷シモン作「解剖学の少年」画像

四谷シモン作『解剖学の少年』(1983年:国立近代美術館工芸館所蔵)

 あれから四十年という時間を経ての再会といっていい。その四十年の時間の経過の中で、「解剖学の少年」をはじめ「機械仕掛けの少女」、「木枠で出来た少女」そしてH・ベルメールから引用された球体関節を乳房と腹部とに使用した最新作の「ドリームドール」と会場には四十六体の人形が展示されていた。人形創作の志向性は多様を極めていることが理解される。そして展示されている人形の多くは彼の著書や雑誌記事などに掲載された写真で眼にしていたものだ。写真で作品を眼にするたびに、四谷シモンの創作アイディアには瞠目させられていた。しかし奇縁は成就することなく今回の機会にいたったのだった。
 四十年ほどまえに銀座青木画廊で一瞬の刹那に、瞥見するように出会った「未来と過去のイヴ」シリーズの人形に、またその後に製作された「慎み深さのない人形」シリーズを眼にして、それらの人形が持っていたいわば「存在することの悪意」のようなエネルギーが厳然と生きていることを体感できた。

 しかし、人形作家四谷シモンの存在を象徴するような「解剖学の少年」をはじめ、「機械仕掛けの少女」、「木枠で出来た少女」、そしてH・ベルメールから引用された球体関節を乳房と腹部とに使用した最新作の「ドリームドール」などには、一抹の物足りなさを抱かざるをえなかった。
 コンセプトは斬新で切れ味も鮮やかであり、また製作技術も一部の隙もなく神経のゆきとどいたものと感じられるものだったが、なぜかという言葉が脳裏を掠めた。
 人形の存在が閉じられているという印象が強かったのだ。閉じられている、自己完結しているといってもいい。そのために人形を愛でるなり憎むなりすることが出来ないように思えたのだった。なぜ人形を愛でるなり憎悪することが許されないのだろうかと、何度も会場をめぐりながら考えさせられた。

 ふと、断首という言葉が浮かんだ。四谷シモンの人形の多くが腹を割って内臓を晒したり、肢体を構成する骨組みを木枠で表現したり、機械構成を露出するなどで内部世界をあらわとすることで人形の解体のベクトルをもつが、頭だけは、もっといえば顔の表情だけは能弁に自己完結のベクトルを志向しているという印象を持つ。そのことは今回の展示で一区画を占めていた「キリエ・エレイソン」シリーズの、人形の頭だけの展示が象徴的に感じられたのも何か根拠のあることのように思えた。