海野 清

不思議な展覧会「洲之内徹と現代画廊 昭和を生きた目と精神」

宮城県美術館カット

宮城県美術館(C:仙台市観光交流課)



要するに、私はただ「私にとって絵とは何か」を問い続けているのだ――さまざまな絵や風景との出会いの中で、そこにひそむ人間の生に戸惑い、考え、感動し、時には目まいを覚えつつ暮らす一画廊主の日々

 これは、洲之内徹『気まぐれ美術館 人魚を見た人』(新潮社・昭和60年11月発行)のオビに記されている言葉です。非常に短い言葉のなかにすべてが籠められています。

 『気まぐれ美術館』は1974年1月から月刊誌「藝術新潮」にて連載がはじまり、1987年11月、彼が倒れるまで、実に165回にも及んでいます。たくさんの言葉を費やし〈「私にとって絵とは何か」を問い続け〉た洲之内徹。彼の残した言説の世界は、今でも私に目まいを覚えさせます。

美術評論家・大倉宏氏の講演中写真

美術評論家・大倉宏氏の講演

 平成25年11月24日。宮城県美術館にて開催されていた「洲之内徹と現代画廊 昭和を生きた目と精神」展(11月2日~12月23日)に行ってきました。この日を選んだのは大倉宏氏の講演「洲之内徹が遺したもの」が予定されていたからです。
 宮城県美術館に収蔵されている「洲之内コレクション」の他、『気まぐれ美術館』のなかで取り上げられた、読者にとってなじみ深い作品も展示されており、今回はじめて見る絵でも、以前どこかで見たことがあったような錯覚に陥る不思議な展覧会でした。

 大倉氏の講演は「画廊経営」という側面からみた『気まぐれ美術館』というような内容で、興味深いものでした。財力もなく画廊の経営は大変でしたが、そんな中でも自分が気に入った画家の絵を、買える範囲で買い求め続けていたと言われています。また場合によっては、個展などの展覧会における諸費用を金銭ではなく、画家の絵で決済するケースもあり、大きな作品を置く場所がなかったという現実もあったでしょうが、「洲之内コレクション」に小品が多いのは、そういう理由だったようです。しかし、見事な小品です。

 洲之内徹生誕100年-大倉氏も述べていましたが、ある程度の時間を経て、ようやく彼の仕事への客観的な評価がなされはじめています。
 絵の中に潜む人間の物語を伝えようとした彼の作業、その文体(スタイル)に言及されているものはまだありませんが、これからその検証も出てくるように思います。
 人が生きる日常そのもの中で出会う絵。そういう絵とたくさんめぐり会えますように・・・と、あらためて思いを深くする展覧会でした。

 「洲之内徹と現代画廊 昭和を生きた目と精神」展は下記にて巡回されています。
  [愛媛展]
  2014年1月25日(土)~3月16日(日)
  愛媛県美術館(第一会場)
  愛媛県久万高原町立久万美術館(第二会場)
  [新潟展]
  2014年4月12日(土)~6月8日(日)
  新潟市美術館

 「本日休館 Vol.27」をお届けします。記録的な寒さが続いたこの冬、館主編集人の本業における異動や編集パートナーの入院などが重なり、更新がたいへん遅くなってしまい、冬・春合併号とすることをお許しください。次回更新は6月初旬の予定です。
 洲之内徹、あるいは隠れた美術情報などありましたら、お知らせください。では、また。ごきげんよう。