石笑 辛一

わがヘルとヘブン-C.W.(コリン・ウィルソン)へのオマージュ&レクイエム序章

イメージ写真:金比羅寓鳥居の掲額


コリン・ウィルソンと中公文庫版「アウトサイダー」表紙写真

コリン・ウィルソンと中公文庫版『アウトサイダー

 ああ、ついにコリン・ウィルソン(C.W.)逝く。81歳。病(死因不詳)。C.W.の神であったG・バーナードショーのように、もっと長生きして活躍して欲しかった。
 But、彼の業績は不滅である。パスカルが言う如く「人間は弱い葦」だが、考える存在である。人生は悲惨だが、栄光もある。C.W.も同様に人生と人間性のマイナスとプラス、即ち両極性の必要を一貫して熱っぽく語り続けた。ひと言で言えば自己意識の拡大・進化であり、ちっぽけで水っぽい現在意識と巨大な発電所である潜・深層意識との統合である。

 しかしながら、ぼくらは日常の生活・生存のための意識あればよしとして、さして不都合もないが、これに不満を抱き続ける者は、社会・文明への非適合者反抗的人間、即ち「アウトサイダー」とならざるを得ない。「アウトサイダー」の本質はズバリ「宗教的人間」なのだが、晩年のウィルソンはどうなるのか? どこへ行くのか? ロシアの神秘家・グールドジェフの道か、修道院入りか・・・・。ウィルソンの言うように未だかつて人間は完全に自己実現を遂げた者はいないのであり、大抵はグシャンとあたふたと命を終える。

 この頃、つくづく思うことは、よく言われるように「アートは永く、人生はあまりに短い」(”Art is long, life is short.”:Hippocrates, Circa)。
 この一年、ケガもしたし食欲が落ちて3~4キロ痩せた。いやが応でも「老い」を覚えるが、一方、ダンテ『神曲(抄訳)』を読んだり、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏を聴いたり、ジョット、ボッチェリ、ラファエロ、印象派や江戸絵画の魅力を再発見もした。そして映画熱も復活。いい映画はシナリオがしっかりしているし音楽もいい。『映画を見ると得をする』(池波正太郎の名エッセイ:新潮文庫)。映像美、ファッション、デザイン性プラス文学の香りもあり、老い易い脳を止め特に右脳を活性化するのにもってこいである。そして今ふたたびダ・ヴィンチへの関心。
 十代の頃からこのダ・ヴィンチと寒山拾得、竹林の七賢人、老子・荘子の世界にあこがれがあり、二十代に出会ったモーツアルト『交響曲40番』とピカソ、岡本太郎、ジイド『地上の糧』、C・W『アウトサイダー』著作群が無かりせば、ぼくは三十代で自死していただろう。
 ぼくは幼少時から多病多患で多感。学業の成績は良かったが、性格が内気・引っ込み思案で消極的。コンプレックスのかたまりだった。74歳の今、しかし、たまさかではあるが、
「世界は心ひらく限り美しい」(ゲーテ)
「生長するものが好きだ」(吉川英治)
「水の如く、牛の如く」(老子)
「みどり児よ、よろこべ! ただ地上を愛せよ」(W・ブレーク)
「わがままこそ最高の美徳」(ヘルマン・ヘッセ)

 あるがまま、そのまま、それでいいのだ! シェー!(赤塚不二夫)
と思える旬感(瞬間)がある。
 今年は『ダ・ヴィンチ・コード』の「暗号」に挑戦するぞ。