洲之内徹

「ひたひたの水」(気まぐれ美術館-人魚を見た人)より

新大橋(東京都中央区)の画像

新大橋(東京都中央区)と隅田川



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セブン・イレブンでコーヒーを飲んでから、夜中の街をぶらぶら歩いて、新大橋の上まで行ってみることもある。四、五年前に架け替えになったばかりの新大橋は、オレンジ色の大鉄柱が二本、橋の中央に並んで立ち、その鉄柱から前後へ二本ずつ、合計八本の巨大なワイヤロープが出て橋全体を吊している構造で、前の橋に較べるとあっけないほど単純で、その代りカラッとしていて感じが明るい。大鉄柱のところで橋の両側の歩道がヴェランダのように水の上に張り出していて、そこにはベンチが設けられている。
そこに立って振り返ると、箱崎インターから延びてきた高速道路が、中洲あたりから防潮堤の上の空を河岸に沿って上流に向って走り、元柳橋と思われるところで更にカーヴして隅田川を横断するが、そのあたりで京葉道路へ向う線と向島方面へ向う線が岐れるので、河の上で高速道路は二層になり、その二重の高架自動車道路遮られて、両国橋は殆ど見えない。音に聞こえた浜町河岸も、いまや下からは防潮堤に目隠しされ、上からは高速道路で蓋をされてしまった按配で、大川端の情緒などというものは無論跡形もない。河のことを書こうとしながら私は高速道路のことばかり書いているが、現在の隅田川風景は、事実、高速道路と水との風景に他ならないのだ。
もっとも、情緒とか風情とか言ってみたところで、今更そんなものを懐かしがってみても詮ないこと。それよりも、その二層の高速道路を都心へ向うトラックのヘッドライトが夜通し切れ目もなく続き、高速道路に並ぶ照明燈の光の列と、河沿いのビルの屋上のさまざまなメーカーの広告塔の、色鮮やか電飾とが入混じり、暗い水面に映って、さながら抽象絵画の画面になっているこの景観こそ、新しい隅田川風景と納得すべきなのであろう。確かにそれは壮観であり、美しい。にも拘らず、年中この橋の上に立って隅田川を眺めながら、私は絶えず、現にこの眼に見ている風景を、いまは消え失せた過去の風景に復元しようと、無意識の裡に努力しているのである。その努力をやめることができない。そして、それ故にまた、絶えずある緊張と苦痛とを伴わずには、この風景を見ることができないのだ。
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新大橋歩道上の釣りワイヤーと目前を横切る首都高速道路の画像

新大橋上の歩道には橋を吊るワイヤーが伸び、首都高速道路が迫る。

ところで、そんなふうに新大橋や清洲橋の上から隅田川を眺め暮らしているうちに、私は、この急激に変貌していく風景の中で、ただ一つ、水の流れだけは昔も今も変わらないという至極あたりまえのことに気が付いたのだった。現在の隅田川の風景が風景といえるかどうかさえ最早疑わしい気がするが、しかし、そもそも風景とは何なのか。人工化し、装置かしていく者と、残される自然とのバランスの度合い、その状態を言うのが風景という言葉の意味だと仮に考えるなら、今日の隅田川の風景を辛うじて風景たらしめているのは、変わらぬこの水の姿なのかもしれない。
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(新潮社刊『人魚を見た人|気まぐれ美術館シリーズ』所収)

[Editor`s Note]

洲之内徹の風景論とも言える一文。江戸の頃から昭和20年まで、東京は利根川水系に連なる水の都だった。旧江戸城・皇居を囲んで堀割・運河が幾筋も走り、舟運が行き交っていた。隅田川はそれら川筋と海をつなぐ中心河川だった。支流の小名木川にも明治の頃には、洲之内が見たという外輪蒸気船入ってきていただろう。だが、東京大空襲とよばれている昭和20年3月の米国による無差別爆撃で焼土と化した首都には大量の瓦礫が堆積し、敗戦後の復旧を急ぐ東京府はそれらを無造作に堀割河川に投棄し埋め立てた。都市デザインなき復興の結果、東京は水の都ではなくなった。
洲之内が夜の散歩で見ていたのは、日本橋の現況に象徴されるように、敗戦復興につながる東京五輪、そして高度経済成長との引き替えで、首都高に蓋され水都江戸の情緒ある風景の広がりを冒され失った隅田川だ。洲之内が佇んだ新大橋は現在も同じ姿で、海側の開発はもっと進んでいるがそこに見る風景は本質的には彼の記述そのもので、あらためて弓弦を張りつめたようなその観察眼には瞠目する。

井上員男の紙版画「水郷-涸沼」

井上員男の紙版画「水郷-涸沼」(新潮社『気まぐれ美術館シリーズ』より)

当時の洲之内は井上員男の「水郷」をテーマにした版画展を現代画廊で準備中で、「ここ数ヵ月、私はしきりと、その水の姿ということを考えていたのだ」と続いて記している。独自に考案した紙版画によるモノクロームの表現世界で知られる井上員男は、1988年に発表した『平家物語』屏風で著名だ。その井上が愛媛県の古い湊を凹版で表した作品『川之江(四国の漁港より)』が”洲之内コレクション”には入っている。因みに洲之内の故郷は愛媛県松山であり、また井上は同じ四国の香川県観音寺の出身である。
『水郷』は、霞ヶ浦、佐原、潮来、那珂川などの利根運河の水景を描いた作品群。本文タイトルの「ひたひたの水」は、四国の吉野川との比較で井上が洲之内に語った利根川の水の姿から来ている。その井上員男の『平家物語』屏風の紙版画作品が東京練馬の光が丘美術館で4月4日から展示される。