堀井 彰

松田正平のユーモア

松田正平の肖像写真

松田正平



 生誕百年と銘打った松田正平回顧展(神奈川県立美術館鎌倉,6月8日~9月1日)へ出かけた。
 先入観を持っていて、松田正平の作品は枯淡の味わいが特色と理解していた。といっても、それまでに目にした彼の作品は数えるほどに過ぎなかったのに、枯れた作風が松田正平の作風であると固定観念がいつのまにか私の中に巣くっていたのである。

 今回、彼が20歳のときの作品「高津風景」から最晩年の「四国犬」「バラ図」まで、数にして101点を時間軸に沿ってみる機会を持った。
 結果、松田正平に関する固定観念は微塵に粉砕された。いったい枯れた作風といった固定観念は何を根拠に抱いたのか不思議に思えた。彼に関する知識は、そのほとんどは評論家洲之内徹の著書からのものである。洲之内徹の著書を閲覧してもそのような記述は見当たらなかった。出所不明の固定観念、先入観ということか?

 今回はじめて松田正平の肖像写真を目にできたことがうれしかった。また作品を目にしながら肖像写真と作品たちとが互いに裏切らないことに奇妙に安堵感があった。好々爺然とした面立ちに、いかにもといった気持ちの落ちるのを晩年の絵を目にしながら感じた。 油絵の比類のない絵肌の美しさと洲之内徹の言葉にあるが、それが絵具を重ねるのではなく削ぐことにあるといわれている。たしかに洲之内徹の指摘するように、松田正平の作品は絵肌が美しいと思った。
 作品の絵肌の美しさもさることながら、今回、彼の作品が醸しだすユーモアが印象深かったことに驚いている。齢を重ねるにつれユーモアの印象は彩色に、線描に濃厚に、そしてほのぼのとした存在感を表出していたことだ。絵画を目にしながら彼のほのぼのとしたユーモア感覚を十分に堪能させてもらった。

 しかし、1950年代までに、松田正平の絵画にユーモア感覚をその彩色、線描に見ることはできない。40年代から50年代にかけて、彼の作品の主調音は灰白色を背景に黒の描線が象徴的である。描線の直線性と速度性とがあいまって作品に鋭角性と緊張感を表出していた。そして作品には時代の意匠の影響が強く感じられるのだった。
 1962年の「婆」「眠る人」「跳ぶ男」「農夫」など60年代の作品の出現は驚きだった。作品に赤色系の色が採用されている。灰白色と黒色にかわって明るい暖色系の色彩が出現していたからだ。そして結果として晩年の大きな特色ともいえるユーモア感覚が作品に兆しはじめていることだった。

松田正平のスケッチブックに描かれていた洲之内徹

松田正平のスケッチブックに描かれていた洲之内徹(『季刊銀花』2003年夏号より)

 いったい何が生起したのだろうか? 松田正平に言葉を費やしている洲之内徹の文章にも、松田正平におけるいわば「魂のドラマ」ともいえる大転換についての記述も示唆も見つけることはできなかった。画家が採用してきた色彩を、黒と灰白色を主流とする色彩系を捨て明るい暖色系の色彩を採用することは、画家として決死の大跳躍ではなかったかと想像される。この大跳躍の結果ともいえる色彩の転換は、バラを描いた作品の流れにも見て取ることもできる。50年代に描かれたバラ絵と80年代、90年代に製作されたバラ絵とを比較すると、描きこみと削ぐという対極の姿勢の転換を容易に感受できる。

 80年代に描かれた作品にはユーモアの感覚が横溢している。日常生活のものを素材とした、たとえば「オヒョウ(大きな魚)」「笛吹き」「四国犬」そして彼の生涯のテーマとされている「周防灘」シリーズのひとつである「周防灘(祝島)」などにも、黒の描線が痕跡をとどめているが、その描線には以前の鋭角性はない。描線そのものがユーモアをかもしだしているのである。描線を追いながら色彩とあいまって、えもいえぬ温もりのあるユーモアを体感できるのである。このことは稀有な体験であるにちがいない。作品の描線や色彩を追いながら思わずほくそえんでしまい、口元に笑みを浮かべるという出来事はそうそう体験できるものではない。記憶の中では一度体験しただけだ。P・ピカソの皿絵を見たときに、その描線にユーモアを体感したのだった。そして口元に笑みを浮かべていた。

 陽だまりの色とかたちという言葉が展覧会のパンフレットに惹句として記されてある、ことに80年代から90年代にいたる彼の作品を髣髴と想起させる象徴的な言葉である。そしてその志向性を敷衍させてもらうと、松田正平の絵には作品の意匠としてユーモアを感じるのではなく、その線描と彩色とが醸しだすユーモアが横溢しており、そしてそのこと自体が稀有な出来事であるとおもえる。

 松田正平の絵が持つユーモアはどこから生まれてきたのか? 絵の具を塗り重ねることから削ぎ落とすことによって、比類のない絵肌の美しさを獲得したように、絵画から文学性など絵にとって余計なものを削ぎ落とすことができたからこそ、意匠としてのユーモアではなく彩色、描線そのものにユーモアを醸しださせることが可能となったのではないか。パンフレットに掲載されてある好々爺然とした肖像写真はそのことを語っていると思う。そしてこれ以上文学的詮索はやめにしようと思う。

学習院女子大所蔵の薔薇画写真

学習院女子大所蔵の薔薇画(文化出版局『季刊銀花』2003年夏第134号より)

松田正平の「周防灘 朝日」と「周防灘 昼の月」の絵の画像

松田正平の「周防灘」シリーズより右「朝日」、左「昼の月(いずれも個人蔵;『季刊銀花』2003年夏号より)