洲之内徹

「正平さんの犬」より

四国犬ハチの絵

松田正平 四国犬(ハチ)1981年油彩(新潮社『人魚を見た人-気まぐれ美術館シリーズ』より)



うどんには必要のないはずのスプーンがどうしてそこにあったのか、とにかく、一本の銀のスプーンが食卓の上に転がっていて、話はそのスプーンから始まったのだった。その銀のスプーンは、去年のときだったか、一昨年のときだったか、正平さんがパリへ行ったとき、古道具屋で買ってきたのだ。
シニアチュールがあるでしょう、と正平さんが言うので、裏返してみると、柄の端の、すこし幅の広くなった位置に、飾文字を組み合わせて、所有者のイニシアルが刻んであった。ごく粗末なものだけどね、エレガントというような気分がひょっと残っている、一本一本打出したというところが形に出ている。人間の気分というものが何かある、と正平さんは言う。
正平さんの言葉を聞いていて、私は思った。昔の物は、こういうふうに、一つ一つに人間の心が通っている、ところが、いまは、物と人間とが離れてしまった。何の関係もないものにとり巻かれて人間は生きている。
私がそう言うと、正平さんは、全くだ、このストーブにしても、レンジにしても、ポットにしても、ろくなものはないよ、こりゃあ、と部屋の中を見回し、奥さんは笑い出してしまう。東京へ行ってもね、と正平さんが続ける。何千何万という人間に出会うけど、一人も知った人間がいない、ああなるともう人間じゃない、無機物だ、奇妙な文化ですよ。
そこで、また私が言い出す。ぼくが怖いのはね、こういう環境によって、知らず識らずのうちに、人間の感覚の方が変えられて行くということだよ、人間が風化して、何か非人間的なものに変質して行くんだ、だからといって、世界のこういう動きは止めようがないんだから、そいつに自分を合わせて行くか、それとも、そいつから自分を護って生きるか、いまがその瀬戸際みたいな気がするなあ、絵かきの世界もそうだよ。
すると、正平さんは言うのだった。ああ考えこう考えしたところで、自分の力じゃ決着が付かん、わしゃあもう風の吹くままでね、せっかく貧乏のし続けだからなあ、楽しく描こうと思う、それだけだよ。
こうも言う。ぼくは、本音はね、もうね、西方浄土じゃないが、涅槃といったような、そういった絵、もっとカラーッとした・・・・
言いながら、何を言っているのか自分でも分らなくなって、正平さんは笑い出してしまった。・・・・
新潮社刊『人魚を見た人-気まぐれ美術館』所収)

[Editor`s Coment]

洲之内徹は松田の絵が好きで、市原市鶴舞の土蔵アトリエを度々訪れていた。『正平さんの犬』は、アトリエ扉の脇にあった「鉄の棒と金網の二重の囲いの中」に飼われていて、洲之内が出入りするたびに「囲いの中の板敷で爪を鳴らしながら、猛烈に」吠えかかる四国犬「ハチ」の話から始まり、松田が生涯こだわった絵の具の付きの話になる。四国犬とは俗に言う土佐犬の正式犬種名で、松田正平のよく知られている作品<四国犬>は、このハチを描いたものだ。
なお、市原の旧松田邸は、現在「松田正平アトリエ館」として、一般公開されている。