堀井 彰

あらためて、絵画、写真などを見るということについて

初期からその晩年にいたるまで松本竣介の作品を見る機会を持ったときに、緑青を主調音とするある時期の作品群から連鎖反応的に村山槐多の「二少年の図」が脳裏に浮かび、その「二少年の図」という作品を小説家江戸川乱歩がながく愛蔵していたということを知り、彼の小説『押絵と旅する男』が脳裏に去来し、彼が愛蔵した心性を納得できた。そして理由もなく突然に「彼岸」という言葉が私の心を占拠したのだった。この一連の連鎖体験のなかで青そして緑青と呼ばれる色彩の特殊性に関心を持った。

スペインの画家、P・ピカソに「青の時代」と呼ばれる作品群のあることは知っていたが、松本竣介、村山槐多らの作品体験とは連絡するところはなかった。しかし、これまでまったくといっていいほど関心を寄せることのなかった日本画と呼ばれる世界で、速水御舟のいくつかの作品と出会ったことで、松本竣介、村山槐多の作品体験とピカソの「青の時代」と呼ばれる時期の作品群の体験とが連合して、青そして緑青という色彩の持つ象徴性といったものが暗示されているように感受されたのだった。

速水御舟「京の舞妓」イメージ画像

速水御舟「京の舞妓」(東京国立博物館・蔵)

日本画家・速水御舟についてはまったくといっていいほどに無知であった。日本画そのものにまったく感心がなかったといっていい。だから今まで速水御舟の作品を目にした体験は一度、そして小品が二点という貧しいものだった。初体験の印象はきれいだが……というものだった。作品を先入見なしに受け入れるというよりも、作品の主題性はなどと頭で考えながら見る習性が強くあったからと思える。そのような立場からすると速水御舟はもとより最近脚光を浴びている葛飾北斎などの作品も受容は不可能ではと考えられる。

速水御舟の「京の舞妓」を見れば日本画への認識が変わる、と知人から教えられた。「京の舞妓」を見た。絞りの単の着物の青の存在が前面に押し出され、舞妓の顔とあいまって怪しく、グロテスクな印象がせまってきた。対象との間に距離感が喪失して、きれいだといった客観的な印象はなくなっていた。美しい、醜いといった距離感のある客観的な、感情の動きではなく存在の深部そのものからやってきた感情であった。日本画でもこのような種類のリアリティーを生み出せるものだろうか、と驚きだった。

「京の舞妓」を入り口に、速水御舟の作品「比叡山」、「洛北修学院村」などの存在を知り、作品を主調音として構成している群青、緑青といった色彩世界に魅入られている。
日本画家速水御舟の作品「京の舞妓」における青の存在と作品のかもしだすグロテスクさが、ピカソの「青の時代」の象徴的な作品とされる「ラ・セレスティーナ(遣手婆)」と私の中で通底した。そして、画家はなぜ青という色に魅了されたのか。
画家には、多くの作家たちには、おしなべて「青の時代」と呼ばれる青、緑青を主調音とする作品を創作している時期があるようだ。そしてその創作の背後に心が折れそうな体験が潜んでいるようでもある。しかしここではそれらの出来事には言及しない。主調音として青、緑青を採用する情動と社会的な出来事、動向などを外因性として連結させることは拒みたいと思うからだ。

『押絵と旅する男』表紙カバー

『押絵と旅する男』(光文社文庫:江戸川乱歩全集 第5巻)

「ネキュイア(冥府巡り)」の色と精神分析学のC・Gユングは青の象徴性を規定している。
松本竣介、村山槐多の絵画作品に採用されている青、緑青の色彩体験から彼岸という言葉を連想し、速水御舟の青、緑青体験からあの世の妖しさと言葉に翻訳し、ピカソの青、緑青体験に生の奈落が表現されていると言葉で感受するが、あまりにも貧弱である。もっと言葉を、である。
今回の体験が告知していることは、見ることは自分の感受性を言葉に翻訳することであるということ。作品から感受された感受性の世界を言葉で表現することのなかに見る行為の価値が潜んでいるように思える。