堀井 彰

絵の複製が美しいと感じるとき

久しぶりにサルバドール・ダリ、ポール・デルボーそしてルネ・マグリットなどシュルレアリストたちの絵画を見る機会があった。彼らの作品と初めて出会ったときの新鮮な衝撃はいまだ記憶の底に残っている。手元に彼らの画集、展覧会の図録などが何種類も集められ、けっこう熱心にページをくくった時期もあった。数年ぶりに彼らの絵画と対面してみたが、かって体験した新鮮な驚異に充ちた時間を追体験することはできなかった。逆に、彼らの作品に魅力を感じず、落胆だけが残ることとなってしまった。

十数年まえになるか、マルク・シャガール展に出かけたときの体験を思いだした。人気沸騰で、ゆっくり立ち止まって納得できるまで作品を見ることが難しい状況だった。歩きながら作品を流すように見ていたときに、画集で見たときのほうが作品が綺麗だと感じたのだった。「原画」を直接に見ながら、画集や図録に掲載されてある複製画のほうが綺麗だと感じた体験に驚ろかされた。「原画」は本物で「複製」は偽物という固定観念が頭にあったのだろうと思う。けれど感覚的には、「原画」の持つ絵具のマテリアル感、運筆などの軌跡がノイズとして、余計なものとして感じられていたようである。印刷された画集や図録からはそのような要素は消去されていたので、作品のもつデザイン性、趣向性など記号性が際立ち、複製画のほうが綺麗に感じられたのではないかと想像される。

今回の体験も、むかしシャガール展で体験した出来ごとと同質のものであるようだ。デジタル撮影された細密な複製画のほうが、「原画」より鮮明に、綺麗に思えてしまったのだ。逆に、「原画」には精彩が感じられなかった。

シュルレアリストたちの存在を知ったのはご多分にもれず仏文学者・渋沢龍彦であり、ドイツ文学者・種村季弘の著書からであった。それまで写実性の強い風景画、静物画や人物画などを絵画であると受けとめていた眼からは、渋沢龍彦や種村季弘たちの紹介するシュルレアリストたちの絵画には新鮮な解放感を感じると同時に、鮮やかなパラダイム転換を体験する出来事でもあった。
彼らの趣向、意匠の斬新さ、奔放さに魅了されたといってもいいであろう。

写真家・森山大道が青森の写真家・小島一郎の写真を前にして、 「こんなに現実は美しくないんだが」と呟くのをテレビのドキュメンタリー番組で見たことがある。津軽地方の風雪に朽ちた家屋を撮影した写真である。風雪に朽ち果てようとしている家屋を現実に目にすれば、けして美しいなどと感想を呟く昇華体験はない。即物的にあくまでも朽ち果てつつある家屋の姿だけが眼に写り感じるのではないだろうか。
森山大道は何を言いたかったのか?

撮影され印画紙に焼きつけられ、1枚の写真となったときに、写真家の手が加わったときに、まったく別の世界が現出する。小島一郎の写真に象徴されている現実と写真作品の放出するイメージとの間にある落差は何を示唆しているのだろうか?

また美術評論家・西岡文彦は現代における観光の特色について、イメージと現実との落差を楽しむことにある、と指摘している。観光地としての名所旧跡は映像化され、人々の中にイメージ情報として擦り込まれている。インプットされたイメージを携えて名所旧跡を巡ると、現実に名所旧跡の風景を目にして落胆だけが残る。イメージを裏切る現実があるだけだ。この落胆、幻滅体験は誰もが体験しているはずである。西岡文彦は落胆するのではなく、その落差、ギャップを楽しむことが観光旅行の醍醐味であるというのである。 西岡文彦が指摘するイメージと現実との落差は日々の生活の中で、さまざまな場面で体験することでもある。先の小島一郎の写真を前にして、森山大道が呟いた体験も、日々の生活の中での体験と同質のものではないだろうか。

シュルレアリストたちの絵画に感じた落胆も、このイメージと現実との落差の結果ではなかったかと思える。サルバドール・ダリ、ポール・デルボーそしてルネ・マグリットなどシュルレアリストたちの絵画においても、現実としての原画よりもデジタル撮影された精細な複製画のほうが綺麗に感じてしまうという、同じの構造があるのではないかと思える。

今、日本の画家たち、それも大正から昭和にかけての画家たちの絵画がむしょうに恋しく感じられている。この郷愁に似た感情を大正から昭和の時代の日本人画家たちの絵画にいだきはじめている。そして不思議にも、日本人画家たちの絵画は「原画」で見たいと思っているのだ。たぶん、絵画に手触りが欲しいのではないかと思う。視覚、聴覚中心で、平板でのっぺら坊になった情報社会の中で、人に備わったすべての感覚器官をかいして対象と感応したい。視覚、聴覚至上主義ではなくすべての感覚能力をかいして社会と感応して生きていきたいと欲している証しではないか。視覚だけでも、聴覚だけでも感応することは出来ない。

横浜美術館コレクション展「ダリとシュルレアリスムの部屋(2012.4/7~6/27)

横浜美術館コレクション展「ダリとシュルレアリスムの部屋(2012.4/7~6/27)

長谷川利行「カフェパウリスタ」1928(昭和3)年 東京国立近代美術館所蔵

長谷川利行「カフェパウリスタ」1928(昭和3)年 東京国立近代美術館所蔵