檜山 東樹

「今」という時代を思うこと

映画「東京家族」ポスター

(C)2013「東京家族」製作委員会

映画『東京家族』を観た。
この作品は山田洋次が監督50周年の節目に、巨匠・小津安二郎の『東京物語』をモチーフにして現代の家族を描くという、いわばリメイク映画企画。もともとは2011年に製作くされることになっていた。ところが、クランクインを控えた3月11日に、関東北東を含む東北太平洋側を襲った大震災とそれによる原発事故を受け、1年延期された。この大惨事の経験を抜きに「現代の家族は描けない」とする山田監督の要望で、シナリオが練り直された。

改めて註釈するまでもないが、『東京物語』は1952年に製作され、小津安二郎の名を世界に知らしめた日本映画の金字塔。2012年には世界中の映画監督が選ぶ優れた映画作品第1位にも選ばれた。

松竹株式会社©1953

松竹株式会社©1953

日本的様式美に裏付けられた構図と、独特のローアングル・長回しの映像表現は、海外の映画作家にも多く影響を与えたし、緩やかな会話で展開する静謐な物語は、敗戦からまだ10年も経過していないものの、その過酷な記憶も薄れ風化していく高度経済成長前夜の社会変化の中を生きる家族のすがたを通して、親子・家族のつながり-今風に言えば「絆」-の喪失、家族共同体の解体を予見的に描いた。

松竹映画が特に好きだった母に連れられ、物心つかぬうちからそのスクリーンに接していたためか、幼少期の記憶にも“小津映画”のカットイメージがかなり混淆しているファンとしては、同じく松竹ホームドラマの正系ではあるものの作風はまったく異なる山田洋次が、60年を隔てた現代に、世界一の名作をどうアダプトしリメイクしてみせてくれるのかと、ずっと関心と期待をもっていた。満を持して観た『東京家族』は・・・。

モチーフも似て非なる『東京物語』と『東京家族』

意外だったのは、“ベース・ド・モチーフ”どころか、『東京物語』のプロット、キャラクターから、エピソードとそのセリフまでを、ほぼそっくりそのまま60年後の現代に移し替えてアダプトしてみせたことだ。

瀬戸内の小島に住む平山周吉・とみこの老夫婦が、東京で暮らす子どもたちと久々に会うために上京して過ごす数日間と、直後の妻とみこの突然の死。それらのエピソードから、長じて親元を離れて生きる子どもと親との情愛の落差、家族的絆の希薄化や喪失、そして「老い」とともに味会う人生の無常観を語るというプロットは、瀬戸内の舞台設定が尾道から離島の大崎上島に、子どもたちの暮らす「都心から離れた街」は千住・荒川から多摩・町田へ、また、妻(母)の名が「とみ」から「とみこ」に、長女の「志げ」が「滋子」にと変わっているが、まさに『東京物語』そのままである。

こうした丸写しとも見えるような現代化アダプトは、小津に対する最大限のオマージュなのだろうし、一部のカットには、据え置きローアングルのカメラワークや“原作”を彷彿させるような美術・小道具もある。
だが、そういう表層的な疑似性に反して『東京家族』が描こうとしているものは、視点も切り口も、さらにはモチーフも、『東京物語』とはかなり違う。
それは、『東京物語』と同じエピソードを使いながら、酩酊した主人公・周吉に言わせている“原作”はなかったセリフ――「どっかで間違うてしまったんじゃ。この国は!」に集約される。

このシーン、長女から「今日は家にいないでくれ」と言われた周吉が、次男のアパートへ行くと言う妻とみこと別れて旧友の沼田を訪れ、酒を酌み交わす。沼田が自分の息子の不甲斐なさやその嫁への愚痴をこぼし、肯って周吉も、子に抱いていた期待と現実とのギャップを口にするところまでは同じだ。
しかし、『東京物語』の周吉が、ひとしきり後に「じゃがのう・・・」と沼田に言うのは、
――「・・・欲張ったらきりがない。」
――「・・・まあええと思わにゃならんじゃろ。」
という、自分自身をも諭すようなことばだった。(→詳細はアーカイブを参照)

「・・・まあええと思わにゃならんじゃろ。」という内省的な諦観に対して、「どっかで間違うてしまったんじゃ、この国は!」というセリフのベクトルは、言うまでもなく『東京物語』から60年後の現代――「今」という時代とその社会に向けられている。

「「今」という時代を生きるための、家族それぞれの物語

『東京物語』で小津が語ったのは、時代や社会の空気をさりげなく反映しながらも、あくまで「家族の(中の)物語」だった。しかし、山田が『東京家族』で語るのは、それから60年後の現代に、同じ名前、同じ状況にある家族の一人一人が、それぞれどのように「今」という時代をどう生きているのか、その向こうには何が見出せるのか・・・という物語だ。
だから、上京して来た老夫婦が感じるのは、小津が描いたような親子の間における思いの齟齬よりも、むしろ、彼ら家族を取り巻く現代社会や都市生活への、馴染み難いギャプ、ストレスであり、そういう環境でせわしない日々を送る子どもたち家族への憐憫や、そのように生きざるを得ないこの国の「今」への批判のほうが、ずっと強い。

『東京家族』の1シーン

『東京家族』の1シーン。(『東京家族』公式サイトより)(C)2013「東京家族」製作委員会

周吉の口からはたびたび「今の時代は・・・」といったことばが漏れるし、とみこは、夕方から弁当持参で塾に出掛ける中学生の孫をみて、一緒に夕餉を囲めない淋ししさ、をではなく、そんな彼の日常に不憫を感じ、また、下の孫はまだ小学生なのに、すでに将来への夢も希望も失っていることを知って、可哀想だと思う。期せずして二人が泊まったホテルのキーパーが、寝具・寝間着を整え、掃除までしてチェックアウトする彼ら老夫婦の行儀良さに感心し、比して若い宿泊客のだらしなさをなじるシーンの挿入も同じ文脈――「今」の時代と社会情勢へのストレートな苛立ちが際だつ。
そこでは、自分たちが生きていくことに忙しく、上京した両親の思いにも応えられない長男・長女さえも、『東京物語』の彼らよりずっと優しく感じられる。

「どっかで間違ごうた」のは何かを考えるための映画

確かに、現代-就中、3.11以後の「今」という時代とその場は、「・・・まあええと思わにゃならんじゃろ。」や、“原作”にあるように「まあ幸せな方じゃ・・・」と妻と頷きあえるような時空間ではない。

大津波に家族を、家庭を呑み込まれ失った多くの被災者たちが、その悲嘆に耐えながら生き抜くための光である震災復興は、未だ牛の歩みより遅い。放射能汚染で自らの家に近づくこともできず、地域が壊れ、家族がバラバラになった仮住まい生活に耐えている人たちも多数いる。

放射能汚染による立入禁止区域境界の検問風景

福島原発事故による放射能汚染による立入禁止区域境界の検問

不都合な真実を隠し、正確な情報を公開しない政府・電源・電力会社に、何時どこで起きてもおかしくない原発事故に怯えるのは、子育て中の母親たちたちだけではない。広がる不信・不安に対して、原発事故の根本的要因となった原発推進政策を何ら総括することも、懺悔することも、まして転換ビジョンを画すこともない無神経なボクちゃん

東日本大震災の大津波被害光景

東日本大震災の大津波被害

総理大臣と政権党。それを弾劾することもできないお粗末野党と議員特権を貪るだけの政治屋ども。
加えて、TTPだ。慌てる乞食はもらいが少ないという格言があるが、既定の内容も見えないまま、ハーメルンの鼠よろしく、またしても旧占領国の笛に踊って駆け出す先に、どんな世界があるのか?

そして、ジワジワと広がる貧富の格差と満たされない雇用環境、低賃金・長時間労働の常態化。沖縄では70年に及ぶ苦しみが続いている。にもかかわらず、何の実績成果も出ていない経済政策に反応する馬券買いと同様の期待値に浮かれ、内閣支持率を7割も与えるような愚かな民たちが多数を占める国。――それが「今」の時代のこの国だ。
確かに「どっかで間違」え、今なお間違ったままの中にいるのだ、僕らは・・・。

『東京家族』は、高度経済成長前夜の『東京物語』の時代からから60年を経た「今」の、この惨憺たる時代に至る間、「どっかで間違」えたものが何なのかを考え、思い起こすための映画である。
山田洋次監督は、それを社会派ドラマ的な切り口ではなく、世界的名作のリメイクとして、「絆」を喪失した家族のホームドラマとして、さらに、「今」をより良く生き抜くためのインスピレーションとして・・・といった重層的な構造を持った娯楽映画として提示している。

『東京物語』をアップデートした若い二人

『東京家族』が現代の『東京物語』、つまり、「今」という時代を映した「家族の物語=ホームドラマ」として『東京物語』をアップデートしているのが、次男・昌次と周吉・とみことのエピソードである。昌次を演じる妻夫木聡が、際だ立っていい。こんなに自然でしなやかな芝居のできる役者だとは、不覚にもこれまで気付かなかった。

昌次は舞台の大道具方のバイトで生活するフリーター。周吉には彼のそんなありようが「ラクして生きたいだけ」と思われ、二人の折り合いは良くない。だが、彼は上京する二人を迎えにも行くし、はとバスで東京見物にも付き添うような、気の優しい青年だ。もっとも、迎えに行く駅を間違えてスレ違い、バスの中では徹夜疲れで眠りっぱなしなのだが・・・・。

昌次役の妻夫木聡

昌次役の妻夫木聡

父の周吉にはなかなか理解されないが、彼は自分が良しとするものには強いこだわりを持ち、そんな自分らしさに正直な生き方をしたいと思っている。だから、甥たちにはポンコツ車と笑われても、お気に入りの、かなり旧型のフィアットに乗っているし、3.11の被災地にはボランティアにも出掛けている。まるで絵に描いたような、現代の典型的な若者が次男・昌次のキャラクターだ。
そして、これまた図式的すぎように、この昌次と父親・周吉の、対峙なき確執・葛藤があり、二人の緩衝役となっていた母(妻)とみこの死をきっかけに周吉が見出す昌次への理解。

これは『東京家族』オリジナルの物語である。というのも、『東京物語』では次男の昌次は戦死していて登場しない。代わりに、彼の嫁で戦争未亡人となった紀子(原節子)が重要な役を担う。
彼女は言わば血縁のない家族だが、上京した舅・姑をもっとも気にかけ、仕事を休んで世話もする。ラスト近く、とみが亡くなって家族が集まるが、実の子たちは葬式が済むと、父親を心配することもなくさっさと引き揚げてしまうが、紀子は残って周吉を気遣う。そんな紀子に周吉は、妻の腕時計を形見に渡すシーンが印象的だった。

紀子役の蒼井優

紀子役の蒼井優

その紀子、『東京家族』では昌次と結婚を誓った恋人「間宮紀子」として登場し、蒼井優が演じている。原節子とはまったく違うタイプだが、この若い女優もやっぱり上手い。
震災ボランティアで昌次と出会ったという彼女は、彼と父・周吉、そして生前の母とみによって織り成される「家族の物語」に重要な横糸の役を担い、やがて『東京物語』と同じく、周吉からとみこの形見の腕時計を受け取る。この人物設定とリメイク&オリジナルの展開はすばらしい。『東京物語』の見事なアップデートだ。

ところで「間宮紀子」という名はどこかで聞いたことがあると思っていたのだが、上映中はついに思い出せず、後になってようやく気が付いた。小津の『麦秋』で、これまた原節子が演じたヒロインの名だ!

予見的インスピレーションを受け取る

昌次と紀子のキャラクター、そして彼らの生き方・ありようは、「今」という時代、そしてこれからの時代をラクに生きられるようなそれではない。だが、政権や制度なんかアテにせず、自分の力でより良く生きるための作法や、予見的なインスピレーションを、彼らは発している。現実に、こういう若者たちは彼らだけではないのだから。

長男長女が葬式直後に早々帰京した後も、二人は居残り、家の補修や周吉の世話をする。その彼らも、いよいよ東京へと帰っていくラストシーン。そこにも、「今」の時代を生き抜くためのインスピレーションが示され、希望的なカタルシスを感じさせる。

家族の誰もいなくなった家で一人爪を切る周吉に、「行ってきまーす!」と若い娘が声をかける。昌次と紀子が乗る連絡船が進んでいく瀬戸内の海を望む段々畑の道に、周吉の飼い犬を散歩させている隣家の娘ユキのすがたが俯瞰される。
そこには『東京物語』のラストのような寂寞感はない。
妻に先立たれ、子どもたちもそれぞれの生きる場に戻って行ってしまったが、周吉はけっして独りになってしまったわけではない。
すぐ隣の家に、地域集落に、家族同様に気を配り、励まし、手を差し延べてくれる人々がいる。気心の知れたコミュニティの絆が、家族に代わってそこにあるのだ。こうして、もう一度『東京物語』はアップデートされ、『東京家族』という、良質で、鋭く現代的な予見に満ちたバージョンを生み出してみせた。

家族でなくとも、地域に暮らす人と人とが、相互扶助的に共生できるようなコミュニティを作る動きが、実は今各地で進んでいる。Uターン・Jターンしてそうした活動にコミットしたり、主導している友人・知人もいる。近い将来には、自分も・・・と思っている。
あるいは都会に暮らしていても、ボランティアとして独り暮らしの老人に寄り添う活動を続けている人もいるし、高齢化が進み限界集落化しそうな山間農林地域へ休日ごとに援農に出掛ける若い友人も知っている。3.11被災地の支援ボランティアとて、まだまだ必要とされている。
それらはどれも、この惨憺たる「今」の時代を生き抜き、その向こうに、いつか来た道ではない道を見出すようなインスピレーションを、きっともたらすだろうと思う。
『東京家族』を観て、改めてそう思い、そう願った。

【以下、蛇足】

橋爪功の周吉・吉行和子のとみこは、少し老け過ぎだ。
『東京物語』では周吉は72歳、とみは68歳という設定になっている。『東京家族』の二人も同じ設定だとすれば、それぞれ1940年と1944年生まれということになる。
すると、二人が出会う青春時代は1960年代から70年代初頭だろうと思われるのだが、その二人が結婚前に一緒に観た思い出の映画が『第三の男』だというのは随分とシブイし、時代的にちょっと古すぎないか?
『第三の男』は1950年のアカデミー賞映画で、日本公開は1952年だ。1960年代にこの映画が観られるとすれば、いくら二人が地方に住んでいたとしても、名画座でしかない。60年代から70年代の話題作でもないし、当時の若者が好んで観た映画でもない。それを、わざわざデート映画に選ぶだろうか? それとも、若い二人は名画座通いの映画ファンだったのだろうか?
それに、今どきの72歳が、あんなに背中が丸まっていて、トボトボ歩くだろうか? 『東京物語』の笠智衆だって、シャキッと背筋は伸びていた。
ちなみに、製作延期になる前のキャスティングでは、周吉役は菅原文太だった。橋爪には申し訳ないが、文太兄ぃの方が適役だったと思うし、菅原周吉を観てみたかった。