洲之内徹

「エノケンさんにあげようと思った絵」より

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講談社版の『長谷川利行画集』には、宮川寅雄氏が「長谷川利行とその芸術」という文章を書いていられる。宮川さんは昭和三十三年の「美術手帖」八月号に長谷川利行論を書いて以来、何度も利行について書き、氏の利行論には私はいつも敬服していて、この画集の編集の人から事前に相談を受けたときにも、解説はぜひ宮川さんにと意見具申をしたくらいである。こんどの「長谷川利行とその芸術」は、宮川さんの利行論の決定版のようなものだろう。立派な評論だが、ただ、次のような利行芸術の価値評定には、私は同意できない。
「――利行の作品は、人を勇気づけもしなければ、希望を与えもしない。痴愚な人生への案内状のようなものが、人をひきつけるのであろうか。利行の反権威と庶民的嗜好は、退廃と絶望の唄を歌いこそすれ、人生の行路を、凛然と志向しようとするものとは縁遠い。――」
宮川さんはそう言われるが、反対に、私はいつも、不思議に、利行の作品に勇気づけられる。利行の作品を数点並べると、たちまちそこには、自由で澄明な、きらきらするような美の世界が出現する。猥雑な市井の中にも、人間はこのような美を見出すことができると思うそのことによって、また、そのような美に憑かれて、「痴愚な人生」の底辺にまで恐れることなく沈潜して行った画家の勇気によって、私も勇気づけられるのである。
「人生の行路を、凛然と志向する」とは、どういうことなのか。利行がこれを読んだら、彼は何と言うであろうか。

新潮社気まぐれ美術館所収)

1991年開催の「生誕100年記念 長谷川利行展」図録

1991年6月12日~6月23日,新宿・小田急百貨店、1991年6月26日~7月7日,奈良そごう美術館にて開催された「生誕100年記念 長谷川利行展」図録