洲之内徹

「ほっかほっか弁当」より

 ほんの三十分か一時間のつもりが二時間以上になり、振り切るようにして暇乞いしたのは午過ぎだった。妹さんにも挨拶しようと思ったが、妹さんの姿が見えなかった。降り立った玄関の前庭に、眼に染みるように赤い花が咲いていて、私は幅さんにその名前を訊いたりしたのだが、聞いた名前を忘れてしまったので、あれはいつ頃だったのか、季節も思い出せない。
「ぜひ、また来てください」
「では、また」と、口に出かかった言葉を私は嚥み込んだ。不意に、私は、もうこの家を訪れることはないだろうと思ったのだ。一期一会という言葉が胸に浮かんだ。幅さんはいくつ位か。私より二つか三つは上らしいが、いずれにしても、どちらも申し分のない老人である。明日のことは分らない。
 ところで、門を出て、私が車を国道の方に向けようとしてバックさせていると、「洲之内さん、明科の駅前を通るでしょう、私を乗せて行ってください」と、幅さんが言う。
「いいですよ、どうぞ」
 私は先程、幅さんが折鞄を抱えて出掛けるところだったのを思い出し、その用事でそちらの方へ行くのだろうと思ったが、幅さんは鞄を取りに戻るふうもなく、私が開いたドアーから、突っかけたサンダルのままで車に乗ってきた。
 駅までくると、幅さんは、ちょっとここで待っていてくださいと私に言い、私は小さな駅前の空地に車を停めた。待ってくれというのは、ここで何か一つ用事を済まし、そのあと、もう一つ別の用事で行くところがあるのだろうと私は思ったが、私を待たせておいて幅さんはなかなか戻ってこない。だいぶ経って、商店の並んだ通りの方から白いビニールの袋を提げた幅さんが現れ、私が開けようとする車のドアーを外から押さえて制し、窓を開けさせて、そこからその袋を私に手渡した。
「今日はせっかく来てもらったのに何もお構いできなくて……、これ、昼飯代りに食ってください」
 袋をのぞいてみると〈ほっかほっか弁当〉だった。他にビニールの袋入りの一口シュークリーム。何ともいえない気が私はした。これが土地の名物か何かだったら、私はこんな気持にはならなかったろう。感動したのだ。
「ありがとうございました」
 私は心からそう言って窓越しに頭を下げ、車を発進させた。この弁当はあだやおろそかには食えないな、と私は思った。奈良井で旧道に入って川を越え、宿場の中の湧き水の傍で私はその弁当を食った。
 どうしても書いておきたかったのはこの〈ほっかほっか弁当〉のことである。なぜだろう。なぜか分らないが、いうなればこれが私の信仰なのだ。幅さんが私に〈ほっかほっか弁当〉をくれた、こういう一瞬の中にだけ、何か、信じるに足る確かな世界がある。明科の駅前で貰った〈ほっかほっか弁当〉で、いつまでも、私は幅さんを忘れることはないだろう。(新潮社;1988年刊さらば気まぐれ美術館/;2007年刊気まぐれ美術館シリーズ所収)
「さらば気まぐれ美術館」(1988年,新潮社・刊)

「さらば気まぐれ美術館」(1988年;新潮社

明科駅(「駅は世界」より)

明科駅(「駅は世界」より)